人気ブログランキング | 話題のタグを見る

津軽こけし館、ワゲモノの放課後⑦ 「小島さんと金ちゃん」その弐

津軽こけし館、ワゲモノの放課後⑦ 「小島さんと金ちゃん」その弐_e0318040_13555978.jpg
2012年12月、小島工人と市役所に地元の有志の方と製作した双子のジャンボこけし「もみじ」と「かえで」を寄贈しに行く用事があり一緒の車で行動していた。


寄贈式を終え、帰りの車内、最近のこけし館やこけし業界の事について話をしている時に言われた言葉


「タクローよぉ、おめぇはこけし館にいなきゃいけないぞ~(笑) やっとここまできたんだからよぉ~、…よし!今度はワァとタッグ組んでどっかにイベントに行くべし!そして今日の寄贈式の直会(飲み会)オメェも来い(笑)!」


「いや、まだ15時ですよ(笑) そして、仕事まだ沢山あるんで今日は無理です…(笑)」


と今日はごめんなさいと断ったのを覚えている。酒をあまり飲まない小島さんが飲み会に参加する事は珍しく、さらに「一緒に飲もう」と誘ってくる事はめったになかった。
飲み会には参加せず夜遅くに帰宅してから飲んだビールの味。
あれだけ怒られた事がある小島さんから言われた褒め言葉は本当に嬉しく、その日のビールはとても美味しかったのを覚えている。


そして、その次の日、小島さんが亡くなったと聞いた。



怒られまくって、一緒に笑いあった小島さん。
今現在、工人となった娘の利夏工人に「こけし館に来た最初の頃、お父さんからめっちゃ怒られたわ(笑)」と話しをすると、「最初の頃は、家に帰ってもヤマダがヤマダがとブツブツ文句言っていたんだけど、年を経るごとにタクローがよぉ~と楽しそうに話すようになってさ(笑) たぶん、だんだんメゴく思えてきたんだびょん(笑)」と。


津軽こけし館、ワゲモノの放課後⑦ 「小島さんと金ちゃん」その弐_e0318040_14012341.jpg
小島さんはとにかく「フェスティバル、フェスティバル…」と普段から言っており、昔から繋いできた経緯もありフェスには特に思い入れが強かった。
亡くなった翌年の26回目のフェス、たまたま亡くなる前に津軽こけし館に持ってきてくれていた6体の同型こけしがあり、参加工人にそちらの形状に合わせて小島さんの名前から一文字使わせてもらい「幸」をテーマにしたこけしをイベントの記念セット品として販売した。またフェスに合わせた同時企画として小島さんの作品展示会も開催。


小島さん、晩年お互い気付いていたと思います。
なんであんなにぶつかったか。きっと同じだったんだと思います。

佳樹さんが亡くなって、小島さんは工人会の会長になり、何とか自分がこけし館を守っていかなきゃと思っていた事。
自分も同じ気持ちでした。シャッター閉めたくなかったんです。

いつか山ほどこけしの話を持っていくので、その時ゆっくり飲みましょうね。
亡くなった後もいろんな事があって、小島さんに教えたい事一杯です。
いい加減にしろ!とカミナリ落とすまでひたすら喋りまくりますから。



津軽こけし館、ワゲモノの放課後⑦ 「小島さんと金ちゃん」その弐_e0318040_23194862.jpg
小島さん亡き後、2013年10月の工人フェスに合わせて開催した追悼展示会。全国各地のこけしファンの方や東京こけし友の会の方に協力を頼んで開催。



「ガハハ!良くやったさすが社長!●×△◆・・・」
(実際はこけし館部長)

と半分何を言っているのかわからなかった金(きん)ちゃんこと、阿保金光工人。

自分でお客さんとやり取りするのが苦手だった金ちゃん、こけし絵日記を始めて一番注文件数が上がった工人さんでもあったと思う。

金ちゃん喜んでくれた顔が忘れられない。

「金ちゃん、こんな注文きた!」

と注文書を持って行くと、

津軽こけし館、ワゲモノの放課後⑦ 「小島さんと金ちゃん」その弐_e0318040_15432007.jpg

「オメだぢ、よぐやった!ガハハ!!●×△◆・・・」


とシワくちゃな顔で笑って喜んでくれるのが嬉しくて。

微力だけど自分たち若いスタッフが力になれていると感じられた事が頑張る気力になった。

そんな金ちゃんも、2015年に亡くなってしまった。





つづく




****************************




あとがき その弐

―話は進み、2012年12月。
4.2195mのジャンボこけし製作の後、もう一本同じく4メートル級の大きな材料があるから、また大きなこけしを作ろう!と
ジャンボこけし製作をしてくれていた地元の有志の方達が夏頃からもう一度集まって作っていた1本の木から作った2体の双子こけしが完成した。

出来上がった2体は、市役所に寄付して、内1体は市役所。内1体はしばらくの間、自分達の会社でも焼きそば専門店「黒石や」を営業している、青森の玄関口。新幹線が走る新青森駅構内に飾ってくれることに。

津軽こけし館、ワゲモノの放課後⑦ 「小島さんと金ちゃん」その弐_e0318040_15424382.jpg
4メートル級の材料から2体のこけしを作り上げ、市の方で新聞等で名前を募集したところ青森市の中学生だったか高校生が申し込んできた「もみじ」と「かえで」に名前が決まった。現在は2体とも黒石市の市役所に飾ってある。


その寄贈式に行くとき。小島さんを自分の車で乗せていく事に。
出発する前、こけし館の事務所で自分と小島さんとマッキーで最近のこけし業界のことについて雑談した。

小島さんは1年ちょっと前に病気が判明して手術した事もあり、一時はすごく痩せてあまり体調も良くなさそうで、こけし館にはたまに顔を出す程度になっていた。
確か、この時は1か月ちょっとぶり位に会った訳だけど、かなり良くなったようでやたらその日は元気でニコニコしていた。
そして、「だいぶ身体良くなったからこれからガンガン仕事するぞ~♪」「実演にもまた来るぞ~♪」と意気込んでいた。
以前、実演にしばらく来ないと言っていたり、工人会の会長も降りたのもそれが理由だった模様。


そんな小島さんを自分の車に乗せ市役所へ向かい、その時の車内での会話が本編で載せたような感じの会話。


車から降りる時も「(宴会会場で)待ってるからな~♪」といっており、小島さんはジャンボこけし製作した方々との飲み会会場の伝承工芸館へ。

確か19時過ぎまで自分は残業していたが、帰りがけに伝承工芸館の方を見たら、電気が消えており、宴会もお開きになっていたようで家に帰った。


そして、次の日の朝。

久しぶりの休みの日。
飲みすぎた事もあり家で9:00過ぎまで寝ていたら会社の上司が訪ねてきた。

目をこすって玄関に行き、

「家まで来てどうしたんすか・・・?」

「実はよ。。小島さん亡くなったみたいでよ。。。」

「・・・えっ?・・・ウチ昨日の夕方まで一緒で。会ったばかりですよ。・・・うそでしょ(笑)・・・めっちゃ元気でしたよ。」

残念ながら嘘では無かった。

宴会後、家に帰ったら具合が悪くなり、その後救急車で運ばれ、早朝亡くなったと聞いた。


当時書いたその時の話し、


津軽こけし館、ワゲモノの放課後⑦ 「小島さんと金ちゃん」その弐_e0318040_16414906.jpg
ー2021年の今現在。
春頃に津軽新報にワゲモノの放課後の原稿を仕上げて入稿した。

その後、現在工人として活動中の娘の小島利夏さんに地元新聞にエッセイを連載することになった話と合わせて伝えたコトが一つ。

「序盤、小島さんの事をカミナリ親父的な感じで表現してるけど、後でちゃんと盛り返すからそこだけ見て怒らないでね(笑)」

リカさんも自分との付き合いも4~5年になり、お父さんと自分との関係の話しを色々聞いてある程度はわかっている訳で、その話をした際、「わかった(笑)楽しみにしている」と笑っていた訳だけど。。。

その後、自分の記事の事を話すのはちょっと恥かしい事もあり、地元の新聞だしリカさんや家族も見てくれてはいるだろうな。。。と思いつつ、新聞に掲載された内容の話は連載開始された6月下旬以降も、リカさんと話しをしていなかった。


そして、今回のワゲモノの放課後⑦が新聞掲載された後の8月中頃。

たまたま、自分の母親が、市内でリカさんとリカさんのお母さんに出会ったらしく、家に帰った自分に小島さん親子と会って少し話しをした時のことを教えてくれた。

「リカさんの家でアンタが書いた新聞記事、仏壇の前に見えるように飾ってくれてるってさ♪」


リカさん。
小島さんの奥さんの和子さん。
改めて粋な計らいありがとうございます(笑)

小島さんちゃんと見てくれたかな。。。
出来れば、カミナリ親父的な表現の部分とかヤバそうな部分、修正ペンで消して飾って欲しい(笑)


小島さん、自分でも気付いてきましたが、自分おそらく小島さんに結構似てきたと思います(笑)
何年もやってきて譲れない部分とか守らなきゃいけない部分、変えられたら嫌な部分、沢山出来てきちゃいました。
本当にしゃべりたい事、愚痴りたい事、今後の在り方で相談したい事、たっぷりあります(笑)


それと。。。自分だけが原因じゃないけど・・・。

小島さん生前、娘の利夏さんが
 “もしも、の話で自分が工人になりたいって言ったら・・・” と言う話しをした際。
小島さんは断固として「駄目だ!」と一蹴して反対していたみたいな話を聞きました。
きっと娘だったし、厳しい世界、難しい世界なので飛び込んで欲しくないと思っていたんじゃないですかね・・・?

そんなリカさん。
鳴子から修行して帰ってきた後、一人でコツコツ活動しようと思っている時。
自分しつこい位、1人でやるより、津軽こけし館に来ればよい、来て欲しい、協力して欲しいと頼み込んで。
結果、今現在津軽こけし館に頻繁に出入りするようになった訳で、より深くまでこけしの世界に引き込んじゃいました・・・(笑)

きっと、半分は笑顔で、半分は「タクローやりやがったな・・・(苦笑)」的なあしゅら男爵のような小島さんの顔が浮かぶ訳です。
怒りたくても怒れないでしょうけど。。。(苦笑)

だけど、万が一、怒られたら怖いから。。。。
リカさんより長生きして、いつかあの世で怒られそうな時は、リカさんを避雷針にしてカミナリを回避しようと思ってます(笑)


それと。。。。

亡くなる前の日。
嬉しいだけの言葉のはずが、最後に遺言のようにお願いされた言葉にもなってしまった訳ですが、

今でもあの時言われた言葉なんとか守ってて。
自分、まだちゃんと津軽こけし館に居て頑張ってますから。

小島さん。責任とって最後まで自分の味方になって見守っててくださいね(笑)








津軽こけし館、ワゲモノの放課後⑦ 「小島さんと金ちゃん」その弐_e0318040_23450104.jpg
2013年1月2日津軽こけし館新春初挽き、初めての初挽き工人を務めた正文工人。
ーXmasイベントや初挽きを終え、新しい年、2013年の始まり。

小島さんのためにも頑張らなきゃ。そう思って集中したかったが、
どうしても頭の中から離れない、気になっていた違和感は、風のウワサ等も聞こえて来て、徐々に確信へと変わっていた。



“マッキーは辞めるつもりだ”



さっちゃんに引き継いでやってもらうように、色々やってもらっている。。。
最近、数か月後のイベントや企画のネタの話をしても、「やりましょう!」とノッてくるより、「やってみたらいいんじゃないですか?(笑)」的な感じで先の話しをする時いつもと比べてちょっとノリが変な感じ。

そして、マッキーが入社した最初の頃から言っていた事、あんまり会話には出さなくなっていたけど自分は覚えていた。

実家では牧場をやっている事。
そして、牧場をやっていたお父さんがマッキーが高校生位の時に落馬の事故で体が不自由になってしまい、今、自分の家の牧場はお母さんとパートさんで切盛りしているので、3年位は自由にさせてもらう予定ですけど、後々は私がお婿さんをとって、牧場を継がなきゃいけないんです(笑) と。。。。


居なくなる。
そう考えると、これからどうする。。。という考えが頭の中で駆け巡った。

今まで交互に何かやっては2トップで点を取っていた感じ。
そもそも3人で切盛りしている中で1人抜けると人手不足。
なおかつ、マッキーがやって来た仕事って1人補充すれば済む話しでもない。
さっちゃんに代わりに企画やイベントを。いや、まだ20歳とかだし経験もなく、性格やタイプも違う。
上手い具合に代わりの人なんて見つかる訳はない・・・
というか、ここまで広げて、応援してくれた人、ブログや通販を楽しみにしている人。マッキーのファンだった人。
そういった人の受け皿はどうする・・・、自分が頑張ったとしても全部はきっと受け止め切れない。

だけど、これまで超がんばってきた。
いつものように一生懸命考えて、考えて、考えての結論に違いない。。。
絶対に軽い気持ちで物事決めたり、無責任に投げ出すような子ではない。

だけど。。。だけど。。。の繰り返し。

言われた時、何と言ってあげるのが正しくて。
何と言えば、自分の気持ちと今後予想出来る仕事の量や内容、自分が出来る範囲との折り合いがつくことなのか。。。

考えがまとまらず、言われた際、頭真っ白になって上手く伝えきれないと思い、言うべき事を11月頃から手紙にして書き始めた。
その手紙は、考えれば考えるほど何度も何度も書き直した。



酷い奴だと思われるかも知れないけれども。

「マッキー本当に頑張ってきた。頑張ってきたからこそいなくなった時の事を考えて、辞めるなら、出来るだけ早めに抜けて欲しい。新体制で早めにスタート切りたい。」

そんな事を最終的には書いていた。

今まで手広くしてきた分、受け入れ態勢どうするのか・・・。
自分もやって来た事だし、これまでを絶対無しには出来ない・・・。
だけどそれがやりたくても上手く出来なくなると、これまでコツコツ積み重ねてきたという気持ちが崩れていって、そうなった時の姿を想像すると苦痛に感じてしょうがない。。。
せめて、マッキーがやっていた感覚以外の部分で出来る部分は、さっちゃんや新しく来てもらうであろう人に早く覚えてもらわなきゃ。。。早く体制を切り替えて次に進まなきゃ・・・。



津軽こけし館、ワゲモノの放課後⑦ 「小島さんと金ちゃん」その弐_e0318040_11391343.jpg
その頃開催した第4回楽しい、ひなこけし展。金ちゃんひなこけし作品。
ボンボリに顔を描いて「ボンボリ!」と言っており、真ん中のチビッ子は3人官女?の1人?って聞いたら「こども!」って金ちゃん言ってた(笑)
さらに言うと台座になっている台座兼収納箱。・・・どうやって入れてもパーツが全部入らない収納箱だった(笑)

そして、初挽きを終えひなこけし展開催した確か1月10日前後のこと。
残業して2人だった時だったと思うが、自分はその後、人と会う用事があって、

「マッキーごめん、今日予定あって先帰るわ~」と話した時に、

「・・・室長、ちょっとまって下さい。・・・え~と。。。。辞めようと思ってます(苦笑)・・・というか辞めます。。。。」と言われた。

心の中では「・・・やっと言われた」と緊張の糸が切れた気がした。
だけど、予想した通り何も言えずに、席に戻って書いていた手紙を出して「はいコレ。読んでおいてちょうだいね」と渡して、その日はそのまま帰った。


確か翌日か翌々日。
閉店後にマッキーと改めて話をした。

「絶対そのまま居ても大丈夫だからって言われると思ってました・・・。」
「3月末までいて、退職したいと思ってます。。。。」
とマッキーは言っており、望んでいた答えとウチが書いた手紙の内容は違う答えだった。

次の事を考えると、余計に早めに新しい体制作らないと絶対乗り越えれない、対応出来ない。。
マッキーそれ位頑張ってくれたし、凄かった!
だけど。。。今後マッキーやって来た事出来る限り続ける。増やしてくれたファンの人達出来る限り受け止めるって考えたら、4月からの観光シーズン迎える前に早く新体制になってスタートしなきゃいけない。だから・・・・。

そんな話をお互いにしていくうちに。。。

「・・・いさせて欲しいです💦」

とマッキーの目に涙が見えるようになってきて、何も言えなくなった。

・・・いさせて欲しいって、ウチだって願わくばずっといて欲しいけど、この先のこと考えると、早くいない状況で新しいスタート切らないと今までやって来た事やそれを支えて来てくれたお客さんの事、新体制で受け止め切れないでしょ。。。
いれば頼っちゃうし絶対マッキーをアテにしちゃうし、そうなると、また居なくなった後の事考えて不安になっちゃうでしょ。。。。
4月から始まる繁忙期からいきなり新人来ても覚えきれない位手広くしちゃった要因って、自分でもあるけど、マッキーでもあるじゃん。。。
凄いよく頑張ったし、自分もめっちゃ楽しかったし、絶対マッキー居なきゃ津軽こけし館今の立ち位置にいなかった、だけど・・・


気付いたら自分も涙が出ていた。。。

・・・・。
・・・大人2人で泣いて何やってんだウチらは・・・(笑)
なんだかイッパイイッパイで変な気分になり笑うしかなくなっていた。


・・・・。
あぁ・・・、結構な覚悟っていうか、自分もかなり考えて、これからの事考えまくって何度も何度も書き直した手紙なのに。。。(笑)
マッキーやって来た事、これからも残すためにどうすれば良いか悩んで悩んで、決めたのに。。。(笑)
「私いなくても、大丈夫ですって。」って言ってるけど、大丈夫レベルな手を抜いた事をしてこなかったでしょ君は・・・(笑)



というかさ。。。

一生懸命覚悟決めて果たし状出したものの、負けるのわかってた。。。
結局こうなるような気がどこかでしていたわ・・・(笑)
・・・やるしかねぇじゃん(笑)
失くしたり消したりすること、ウチが出来る訳ないじゃん。
一番マッキーやって来た事、見てきたのって自分じゃん(笑)


「・・・もうわかったから。好きにしな(笑)・・・何とかするから。」

「・・・本当ですか?」

「もう、どうしようもねぇじゃん(苦笑)・・・何とかするから。」

全てマッキーの希望通りにした。3月末まで今まで通りやってみたいこと自由に頑張ってもらうことに。


・・・・・あっ、だけど、これだけは言わなきゃ(笑)


「マッキー、チャリティーこけし1回目の時の残りの義援金の行き先は辞める前に何とか決めないと(笑)」


そんな感じの話しをして、こけしファンの人に発表するタイミングは1か月後くらいの2月中頃にしようと話をした。


約1か月後、マッキーが書いたブログ。
こけし絵日記 いつも応援してくださっているみなさまへ




マッキーがブログを書いた頃。
徐々に退職する事を工人さん達にも伝えていった所、みんな別れを惜しんでいた。
その中で超が付くほど驚いたが、マッキーが辞めると聞いたら金ちゃんが

津軽こけし館、ワゲモノの放課後⑦ 「小島さんと金ちゃん」その弐_e0318040_16495731.jpg
金ちゃん主催のマッキー送別会♪とっても料理がおいしいお店だった♪

「佐々木なんちゃら、かんちゃら〇×▶・・・!ひらかわさ・◆〇×・・みんな・・・〇●来いっ!ッカカカ(笑)」

金ちゃんから発することが無さそうだった予想外の言葉だったこともあり、解読はかなりの上級者だったが、意味が分からなく何度か確認した所、金ちゃんのオゴリでマッキーの送別会を開いてくれることに。

マッキーに、金ちゃんが送別会開いてくれるって♪と伝えたら、めっちゃ驚きつつ喜んでいた。

ひらかわ=黒石市の隣の平川市? 平川市の居酒屋で送別会?と思っていたが、場所は金ちゃんの自宅から100m位の、ひらかわ家という、サンドイッチとか、タコ焼き、ハンバーガーとか販売しているどちらかと言うと、金ちゃんの家の近くにある高校生の子たちが利用しそうなファストフードや軽食風のお店で、「ここで送別会ってお酒飲めるのかな・・(笑)」と皆で心配していた。


そして、金欠の事が多かった金ちゃん。
奢るなんてカッコつけたな~と思い(笑)、みんなにバレないようにコッソリと、「金ちゃん、ウチもお金持って行くから(笑)」
と言ったら「アンタぁ、飲み物〇×お金▶◆×☆・・・(ニヤリ♪)」と元々、食べ物のみ手配して飲み物は各自払い(←マッキー含め)を考えていたらしく、最初から自分を狙っていたかのごとく、思惑通り的な笑みを浮かべていた(笑)

ちなみに、金ちゃんは送別会の前に事前に会計を済ませていたようで当日は財布的なモノを持ってきておらず、言われた通りスタッフみんなで会場に行ったら1人分の料理を手配ミスしていたのか料理が1人前足りず急遽用意してもらい、宴会の最後に“ひらかわ家”で販売していたソフトクリームを金ちゃんが「デザートにアイス♪」的な感じで、アイスをみんなに勧めて食べさせていたけど。。。

飲み物代の支払いの際、お店の人から「追加の1名分とみんな分のアイス代はどうすれば・・・?」と聞かれて、「あっ・・・(笑)・・・え~とそれも自分払います💦」と自分が支払った記憶がある(笑)





そして、マッキーが居るうちに。。。繁忙期になる前に・・・と急ピッチで春のイベントの準備開始。
津軽こけし館、ワゲモノの放課後⑦ 「小島さんと金ちゃん」その弐_b0209890_194599.jpg
2013年4月から始めた木にこだわった春の複合イベントGW@津軽こけし館を企画。ダルマ市や木地玩具展、棟方志功が盛秀太郎の木地に描彩をしたという津軽こけし館で所蔵する2本以外の最後の1本を借り出し展示する企画、そして今晃ファンクラブ斎藤さんに協力してもらった今晃工人の作品展「今晃の世界」開催。

現在も継続して開催中。
春の木にこだわった企画を集めたGood!Wood!@津軽こけし館は2013年春からスタートした。



そして、3月下旬には初めての関西現地出店。

津軽こけし館、ワゲモノの放課後⑦ 「小島さんと金ちゃん」その弐_e0318040_22055066.jpg
津軽こけし館初の関西出店。初開催の場所はお決まりの自分&阿保ムッチーと参加♪京都にある元銭湯“錦湯”で開催した。ちなみに会場の至る所にある蛇口は捻ると水が出て、スタッフの休憩&食事場所は2人~3人用の元サウナだった場所だった(笑)

2013年3月23日、24日京都よくばりコトコトこけし博。
謎だった関西のこけしファンの人数やこけし人気の度合い。
関西にも大勢のこけしファンがいる!そんな事をバッチリ認識できたイベントだった。






そして、こけし博に行く前にマッキーが開催した3年間の馬車事業の集大成。
津軽こけし館、ワゲモノの放課後⑦ 「小島さんと金ちゃん」その弐_e0318040_17000630.jpg
退職する数日前、3年間の馬車活動の成果発表会を行い最後まで相変わらずバタバタ・・・(笑)

戦友マッキーは戦いの場所を岩手に移し、津軽こけし館を去っていった。




そして、マッキーの置き土産
“こけし絵日記 ~津軽こけし館のめごこ達~”

引き継いで続けるか、続けないか。
マッキーは自分に判断を任せてくれたけど、引き継いで続けるとは決めていたものの、マッキーの想いがずっと書かれているめごこ達ブログ。

一番最初からずっ~と読み返して、このブログはこのまま手つかずで残してあげたいという気持ちが大きかった事もあり、
引っ越しして新ブログを始めることに。

一番最初の絵日記。

こけし絵日記~津軽こけし館で出来るコト~

どんなネタにするか迷ったが2010年夏から始まったマッキーのこけし絵日記のネタの続きを書いた。





津軽こけし館、ワゲモノの放課後⑦ 「小島さんと金ちゃん」その弐_e0318040_10392550.jpg
2013年秋時期、マッキーが送ってくれたマッキーの家の牧場で開いたイベントチラシ。おっ、面白そう♪そしてマッキー相変わらずだなぁ(笑)と思っていた。


ーその後の後日談。

マッキーは退職後、同じく馬車部門をやっていたヌカガくんと入籍をして、マッキーの実家である一関に戻ることになっていたらしいが、実は自分やさっちゃん、工人さんには入籍や結婚に関して、直接的にはほぼ言わずに退職していった(笑)

↓マッキーが退職後に書いてたブログ記事、自分もコレで改めて知った(苦笑)

ブログにも書いていたけど、結婚するから辞めるとは思われたくなかったらしく本人なりにいつものような何かしらのこだわりがあり、言いたくなかったんだろうな・・・(苦笑)と自分は感じていた。


そんな退職後の2013年6月頃。
良く来る女性こけしファンIさんが遊びに来ていた。

その方は、当時、NHK青森のアナウンサーの方で、ポケこけ2ndの取材に来た際、「こけし可愛い~♥」とドハマりして、勢い止まらず取材に来た数日後に東北各地の工人さんの工房に訪ねるまでに(笑)
そして、その後もプライベートで頻繁に津軽こけし館に来るようになった人。


さらに、仕事の部分でも、こけしが好きすぎて、東北六県に放送されるテレビ番組でこけし特集の企画を計画。

そういった事もあり、あとがきその壱で書いていた山谷レイ工人と一緒に参加した高円寺フェス2012。
レイさんの家から東京へ出発する姿をNHK青森のHさんというADの方が早朝から自分やレイ工人を撮影しに来ており、現地高円寺フェスの会場にもついてきて会場でも撮影をし・・・

2013年 2月8日(金)19:30からNHK東北6県版番組
クローズアップ東北「ワタシがこけしに恋した訳」が放送された。

番組には津軽こけし館と仲良くしてもらっていた知り合いの女性こけしファン2名が登場し、こけしがなぜ注目されているか、という考察トーク場面ではIアナと、ゲストとして呼んでいたコケーシカの沼田元気さんが津軽こけし館に来て収録を行っていた。


あっ、ネットでもIアナ、インタビューでこけし好きなの自分でモロに紹介してる(笑)→ 
※仕事の都合で青森時代は旧姓Iのままで活動しており、その後茨城に異動した際Tアナになってます。

そんな、Iアナが遊びに来ており、自分と話しをした際、
何でも数日後に岩手で開催されるマッキーの結婚式の日にマッキーから式の司会を頼まれているとの事で、

「ヤマダさんは参加しないんですか???」と痛い事を聞かれた。

素直に・・・
「いや、実はやるような話はウワサで聞いていたものの案内もらって無くて・・・(笑) そして、入籍や結婚の事もちゃんと教えられてもなくて・・・(苦笑)さらに言うと、Iさんから日程今聞いたけど、その日外せない用事もあって。。。(汗)」

こちらもどう答えて良いのか迷ったが、Iアナは複雑そうな状況察しつつも、

「でも・・・、何か言伝とかあったら当日私の方から伝えますよ、何か事情とかもあるかもですし、マキエさん、ヤマダさん達からも祝って欲しいと絶対思っていると思いますよ」

と言ってくれたけど、
「う~む。。。だけどなぁ・・・。案内ややる事も教えてもらって無いですし。。。💦」

と、言うものの、Iアナがとても気にしてくれて、
最終的には「考えてみて、何かあったら連絡させてもらうかもです・・・(笑)」とお別れした。




そして、日に日に迫るXデー。

・・・はぁ。。。
Iアナに言われた事がずっと頭から離れない。

・・・はぁ。。。
なんかコチラから連絡したら負けのような気がするけど。。。

・・・はぁ。。。。
自分は相変わらず何て意思がコンニャクなのか。。。


直前まで迷ったが、結婚式の当日、結婚式場にいるIアナ宛にFAXを流した。

終わった後に、Iアナからメールが届き、

「ヤマダさんのメッセージ、心込めて読み上げました。読み上げた後マキエさんの方見たら、きっと嬉しかったんだとと思います、泣いてましたよ♪」

的な事が書かれてあった。

マッキー、ざまあみろ(笑) ウチの勝ちだ・・・(笑)♪

と何に勝ったかよくわからなかったが、勝ち誇った感になった(笑)

津軽こけし館、ワゲモノの放課後⑦ 「小島さんと金ちゃん」その弐_e0318040_13512637.jpg
2014年頃から担当の方と知り合いになり、2015年からは現地出店した茨城県守谷市 JOYFULL2守谷店 こけしクラフト展

・・・あの時、しぶとく説得してくれたIアナ。
その後、青森放送局から異動になり、茨城県の水戸放送局でアナウンサーをしており、ジョイフル2さんで開催したイベントの時に、「ワタシがこけしに恋した訳」にも出演してくれていた関東のこけしファンの方と一緒に遊びに来てくれてランチを一緒に食べた。


この場を借りて・・・Iさん、あの時はありがとうございました!
送ってあげなかったらずっと後悔していたと思う。
そして、改めてだけど、マッキーおめでとうね。



津軽こけし館、ワゲモノの放課後⑦ 「小島さんと金ちゃん」その弐_e0318040_16323808.jpg
用事に行く直前まで悩んで、コピー用紙の裏に思い付くままにザっ~っと書いた自分の下手な字のFAX内容(笑)。ちなみにこけし工人さんには(←マッキーが結婚式を挙げてるの知らない)こんなFAX流しましたと事後承諾だった(笑) 

書くときここだけちょっと躊躇った、「どちらもしっかり残っております。」

津軽こけし館は何とかしなきゃと思っていたけど、馬車や馬に関しては自分は実務的に“残す”ことは出来ないけど、黒石温泉郷で馬車運行やっていた事、最低自分一人だけでもちゃんと覚えて続けて、馬車運行やっていたことを知らない人にも伝えて残しておくから。
そんな気持ちと決意表明にもなるメッセージを送った。

ワゲモノの放課後⑤「こけし絵日記」、新聞に掲載する写真で、馬車運行の写真を載せたのは、今から10年ほど前、黒石温泉郷に20代の若い女の子が馬車を運転して走っていた事、地元の人に思い出してもらうために津軽こけし館中心の話しだけど、どうしても使ってあげたかった。






ーそして、実はマッキーが泣いていたおそらく同時刻。

もう一つ塩辛い雫がとある場所で流れ落ちていた。

津軽こけし館、ワゲモノの放課後⑦ 「小島さんと金ちゃん」その弐_e0318040_10323473.jpg
左がヤマダで、右が正文さん。・・・・ではなく右がヤマダで、左が正文さんが正解(笑)
お互いメガネ男子で、年齢正文さん1歳上だけど年も近い。

ちょっと話が逸れるが、自分は阿保正文工人と見た目がよく似ていると言われる。
そして、例えば、鳴子のこけし祭会場、正文工人のお父さん六知秀さんがこけし祭りで何かの賞を受賞して、ヤマダが校庭で津軽こけし館として出店していると・・・。

見たコトある六知秀さんファンらしき人「六知秀さんの受賞おめでとう♪」
ヤマダ「(関連が深い津軽系の工人さんって事もあり)あっ!ありがとうございます(笑)」

六知秀ファン「六知秀さん元気??一緒に暮らしてるんだっけ?」
ヤマダ「暮らしてはないです(笑)でも週に何度も会ってて元気ですよ♪」

六知秀ファン「息子さんも頑張らなきゃな♪」
ヤマダ「そうですね~(笑)けど頑張ってますよ♪」

と話す相手が間違っている会話が関連性がある職業上、正文さんじゃなくヤマダでも成立してしまうことが多い(笑)
他で言うと。。。

正文作品ファン「アタシ、正文さんのこの作品がとても好きなんです!」
ヤマダ「あっ、コレ結構人気なんですよ~♪」

正文作品ファン「やっぱりそうなんですね♪それと、こんな感じの作品も欲しいのですが・・・」
ヤマダ「あっ、じゃあ注文という事で受けて、出来上がり次第こけし館から送りましょうか?」

正文作品ファン「えっ、いいんですか????」
ヤマダ「いいですよ~♪」  みたいな(笑)

そんな事が良くあり、正文さんは逆にヤマダと間違えられて似たような会話になる事が結構あるらしい(笑)
前に、六知秀さんとヤマダとスタッフの女の子一緒にいた際、3人で並んだ写真を撮らせて欲しいと頼まれた事があったけど。
SNSで六知秀さんと正文さんと正文さんの奥さんです♪と半分以上間違って掲載された事もあった(笑)

阿保家とヤマダの中では良くあるお決まりネタというか、
たまにふざけて間違っているか判断が微妙な時にはそのまま、自分はヤマダです(笑)とか言わず、
六知秀さんもニヤニヤしながら勘違いをしていると気付きつつそのまま話を貫き通し、話が終わった後に・・・

六知秀「今のは正文だと勘違いしているパターンかな?(笑)」
ヤマダ「たぶん今のはそのパターンですね(笑)」

という事がある(笑)


ー話は戻り。
マッキーが岩手県一関市で結婚式を挙げていた頃の青森県黒石市。
津軽こけし館となりの伝承工芸館にて、自分は津軽こけし館の代表として正文さん夫婦の結婚式で結婚のお祝いメッセージを述べることになっていた。

津軽こけし館、ワゲモノの放課後⑦ 「小島さんと金ちゃん」その弐_e0318040_10350323.jpg
400名以上収容できる多目的ホールがあり、会議や食事会場になる事が多いが冠婚葬祭なども行う事が出来た。

そして上記で伝えた正文さんとよく間違えられるネタを軽く紹介しつつ・・・

「そんな正文さんと似ていると言われている自分ですが独身で。。。。正文さんの奥様、どうして僕じゃなかったんでしょう・・・?(笑)」

と少しウケ狙いで喋ったが、たしか正文さんは失笑してくれたが、式場全体酔っ払って話を聞いていない人も多く・・・

自分は完全にスベッてしまった・・・(苦笑)

ヤマダの顔からたぶんマッキー以上に汗という雫が流れ落ちた日だった。



そして、結婚式を終えた数日後にマッキーから御礼のメールが来た。
マッキーからの御礼のメールを見ると何でも、たまたま重なってしまったマッキーの結婚式と正文さんの結婚式。

自分やマッキーのアニキ的な存在の上司に結婚式を挙げる事を伝えた所、伝承工芸館で行われる正文さんの結婚式とたまたま同じ日程だったらしく「正文くん、伝承工芸館(ヤマダも務めている会社)で結婚式やってくれる訳で、当日タクローだったり、こけし工人だったりがお前たち(マッキー夫妻)の結婚式に行って、式に居ないとなったら会社としても立場無いし案内しないで欲しい💦。 そしてタクローに関してはマッキーたちの方に行くとも言いかねないと思ってるけど、アイツにこけし館代表で結婚の挨拶とかもしてもらわなきゃいけないから教えないように。」と言われてたとの事。。。

聞いた後、行き所が無い怒りをその上司に向けながらも・・・(苦笑)
かといって確かに会社の立場もあるからしょうがないと思いつつ。。。

「・・・・確かに、自分はマッキーの方に行く」ってなっていたかも、さすが自分を良く知る上司・・・(苦笑)と思っていた。






月日が流れ、数年後の2015年10月
金ちゃんが亡くなった。

津軽こけし館、ワゲモノの放課後⑦ 「小島さんと金ちゃん」その弐_e0318040_13563650.jpg
確か25回目の工人フェス懇親会。自分、金ちゃん、そして金ちゃんファンのNさん。Nさんはワタシがこけしに恋した訳にも出演してくれたこけしファンで、ロシアのマトリョーシカとロシアの電子楽器テルミンを合体させたマトリョミンというめずらしい楽器の奏者でもあり、工人フェスや高円寺フェスでもプチイベントで演奏してくれた。

28回目の工人フェスが終わった後の月曜日、確か工人フェスに来た時に本田功工人が津軽こけし館のロクロを自分なりに調整して使っていたらしく、金ちゃんは調整したロクロを使いこなせず自分では直せないから「兄(六知秀さん)を呼べ!!!!」と大声で逆ギレ?八つ当たりされて自分が怒鳴られた(笑)

そして、その2日後、確か水曜日だったかな。
こけし館に来た時、あっけらかんとしていつものように朝イチでジョージアの甘いロング缶の缶コーヒーを買って、ご機嫌上々な感じ。
・・・先日の自分への怒り爆発はなんだったんだ(苦笑)と思いながら夕方「へばな~♪カッカッカッ♪」と上機嫌に帰っていった。
それが生きている間に会った最後の日。

そんな金ちゃん亡くなった時の話し・・・



え~と。。。
伝えたいけど、金ちゃんこけし。。。
津軽こけし館、ワゲモノの放課後⑦ 「小島さんと金ちゃん」その弐_e0318040_16445697.jpg
金ちゃん作品。同じタイプ作っても、これは良い方だけど統一して作れない(笑)けど、なんだかどれも愛嬌があり自分の好きな子を選ぶ楽しみがあった。

現在ネットで値段高騰しまくってる(笑)
金ちゃん1寸位のこけしなんて、買ってくれたお客さんに良くタダでプレゼントしちゃってた位なのにそれが現在数千円・・・(笑)


・・・・知ったら調子にのって何かやりそう・・・(笑)

津軽こけし館、ワゲモノの放課後⑦ 「小島さんと金ちゃん」その弐_e0318040_23060745.jpeg
KOKESHI BOOKの帯に金ちゃんこけしがお気に入りと記載していた事が縁になってさくらももこさんが絵付してもらったこけし。現在津軽こけし館2階こけしアートコレクションコーナーに展示中。

さくらももこ先生が作って津軽こけし館に送ってくれた当時。
ヤマダ事務所から送られてきた展示以外の営利目的?みたいなものに使用しない的な誓約書みたいなものにサインしたのに。。。


ある時作ってきた「これ、サクラの材料で●×△◆~で作った新しいヤヅ!!!」
津軽こけし館、ワゲモノの放課後⑦ 「小島さんと金ちゃん」その弐_e0318040_23042135.jpg
自分たちスタッフは“まるちゃん金ちゃん”と呼んでいた金ちゃんがある時作って持ってきた・・・・新作?

似てるようで、似てないから・・・・・・💦
これは、別物で大丈夫だろう。。。って解釈にしたけど。。。(笑)




そして、今でも懐かしい個性的な作品群。
津軽こけし館、ワゲモノの放課後⑦ 「小島さんと金ちゃん」その弐_e0318040_16434359.jpg
確かいつか買った金ちゃん福袋(←3000円)の中身。ヤマダ特別versionだったらしいが「えっ・・・、入れ過ぎじゃない。金ちゃん計算間違ったんじゃ・・・」と焦るくらいガッツリ入れてくれていた(笑)

特に自分的にツボにハマったのが、このストラップ?的なヒモ付きこけし。
通常ストラップなどにはヒートンというネジ式の金具をペンチなどで頭にねじ込み取り付けて、ストラップ紐とジョイントして作る訳だけど。

たぶん他の工人さんが作ったストラップや根付を見て。。。作り方を独自の解釈で覚えて製作。
その作り方は、無理矢理ドリル的なもので頭の上に穴をこじ開け、出来た隙間に無理矢理ヒモの一部を突っ込みボンドをたっぷり着けて無理くり固定(笑)

という金ちゃん独特の製法で作られた訳で良く見るとその作りがモロにわかる作品(笑)
そして、ストラップにするには紐が長すぎ、ネックレスのように首にぶら下げようとすると頭の小さい女の子でも入らない微妙過ぎるサイズ(笑)



津軽こけし館、ワゲモノの放課後⑦ 「小島さんと金ちゃん」その弐_e0318040_23104958.jpg
右の帽子コケシの上の独楽はこけし館の売店で売っていた独楽を金ちゃんが買って自分の作品とコラボさせて販売していた(笑)
独楽分値段が高くなる訳でなおかつ独楽だけ売店で普通に売っている訳で・・・「金ちゃん、独楽なしで売った方が売れるんじゃ・・・(笑)」と伝えるが断固としてセット販売していた(笑)

ヒモ付きこけし。
ボンドで無理やり押し込み接着されている感。この画像でもわかるだろうか・・・?(笑)
そして、巻き付けている笠こけしのバランス(笑)


謎が多かったヒモ付きこけし。
ある日、マッキーとさっちゃんとヤマダでこの作品の使いどころ&お客さんへ提案できる使い道を検討した事があった。

皆でしばらく「う~む。。。」の後。。。

マッキーが「あっ!わかりましたー!!♥」的な感じで、ヒモ付き電球とかの延長ヒモみたいな感じで使えばいいんじゃ・・・(笑)

とこけし館にあるヒモ式で電気が付く電球のヒモに付け足し結んで試してみた。

「こんな感じで電球の紐に括り付けてマスコットみたいな感じで使えばいいん・・・・(プチっ!)」

・・・ボンドのみ固定されていたヒモは強度が無く、すぐに抜けてしまいさっそく破壊・・・(笑)
結局最終的にこの使い道は提案出来ず、購入してくれたお客さん達に丸投げする形に・・・(笑)





他にも覚えている金ちゃんのエピソード。

毎年初挽きの時に当時の津軽こけし館では小島さんや阿保さんがお正月企画という事で特製こけし福袋を販売していた。
結構人気でそれを見て真似しようと思った金ちゃん。

小島さんや阿保さんは 「福」と書いた赤い縁起がよさそうな赤い袋を用意している所。
金ちゃんは、津軽こけし館から茶色いクラフト紙袋を買いその袋で福袋製作をしていた(笑)

そして、ホッチキスで止めて中身が見えないようにしていたけど、
福袋を買うお客さんは手提げ部分を持って重い物(たくさん入っている福袋)を選んで買うと予想してのことなのか、
こけし福袋なのに、こけし以外に、ホームセンターで買ってきていたアタックも入れていた(笑)

津軽こけし館、ワゲモノの放課後⑦ 「小島さんと金ちゃん」その弐_e0318040_23232757.jpg
たぶん金ちゃんなりに、人気だった小島さんや阿保さん福袋に対抗して自分なりに売れるように考えての事(笑)
アタック戦法の以外に、ある年はポテトチップスみたいな嵩張る袋菓子をこけし館から買い、福袋の見た目をふっくら演出した福袋を作りニヤニヤして販売していたこともあった・・・(笑)




そんな金ちゃん。
当時、県外イベントに御呼ばれする事が無く(←そして自分達や家族であるお兄さんの六知秀さんも行かせるの危険(笑))と思っていた訳で・・・。
津軽こけし館、ワゲモノの放課後⑦ 「小島さんと金ちゃん」その弐_e0318040_15432094.png
亡くなった後、一度位はヒーロー的存在になるように何かやってあげたく。。。(笑)


津軽こけし館、ワゲモノの放課後⑦ 「小島さんと金ちゃん」その弐_e0318040_15432049.jpg
全国各地のファンの方から、金ちゃんの歴代作品写真やこけし作品を集めて展示会を2016年1月に開催した。


本編でも書いたけど、何を言っているかわからず、会話を成立させることが大変だった金ちゃん。
その部分をウチらが変わりに補って、金ちゃんでも解釈しやすいようにわかりやすくお客さんの要望をまとめた注文書を持って行くと、
「よぐやった!!ガハハっ!!!●×▶・・・!」と言い、喜んで笑ってくれた。

アレがあったから、作品作れない自分達でも出来る事ある。こんなに喜んでくれる人いる。
若い自分達でも出来ることある、・・・頑張ろう!!!って思えた。

いつか、ウチもあの時よりもっとパワーアップしてあの世に逝くから(笑)
金ちゃん、その時は一緒にこけし業界に一石投じる革命起こすべし♪




さて・・・・。
相変わらずあとがきが超長くなってしまったけど、ここらで今回の話しはおしまい。


最後に少しスピンオフ企画のお知らせ。

津軽こけし館、ワゲモノの放課後⑦ 「小島さんと金ちゃん」その弐_e0318040_15431910.jpg
私の名前は江戸川コケシ、探偵だ。
前回のあとがきでも記載していたが、とある男性が呪いにかかっているからそれを解いて欲しいだと・・・?

本人の証言により、今回のブログで主犯格の3名がどのような人物だったかお知らせしたが、他にも大勢の関与があって今に至るらしい。
なんでも、被害者に呪いをかけたのは、お世話になった人達や工人さん、そして仲間との事。

複雑に絡まりあって解くことが出来ない。
ハサミでちょん切ろうと思ってもどうしても切れない。
無理しても、病んでも、絶対に自分はやり続けなきゃいけない。
そんな思いが強すぎて、自分でもブレーキの踏みどころがわからなくなってしまった呪いらしい。
くそ~!!!いったいどうしてあげれば良いんだ!

絡まりあった複雑な糸。
さらに出来た塊に違う糸が絡まり合い、こんがらがって巨大な塊に💦むぅ・・・今まで扱った中でも一番の難事件だゾ!

誰かこの問題、私と一緒に解決の糸口を見つけるのを協力してやって欲しい。
一緒にこの男性を助け出すんだ!

「名探偵と言われたジッチャンの名にかけて!」


と、言う感じで「津軽こけし館」の事が頭から毎日離れない。
もう、どうしたら良いものか・・・(笑)
正文さんの奥さんは間違ってくれなかったし、この年になっても独身。
趣味:津軽こけし館でのお仕事 
嗜好品:タバコ、ビール。
休日:ひたすら寝る

諦めて、津軽こけし館で行ける所まで。
まだ先があるであろうてっぺん目指して行ってみるしかないって事かもしれない💦

けど。。。そんな自分の人生。
それも悪くないかな・・・って思ってる自分もいるんだよなぁ・・・(笑)


つづく。。。








by tsugarukokeshi | 2021-09-03 23:25 | ヤマダ絵日記 | Comments(0)