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津軽こけし館、ワゲモノの放課後⑨ 「津軽こけし工人会」

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令和のこけし工人会。北は北海道、南は関東在住。
年は30代から上は90代。
昨年さらに1名が増え現在17名に至る。

全員紹介したいが、今回はその中でも最近入会した自分と同じ世代の若手工人5名を紹介したい。


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2016年から津軽こけし館で製作実演担当も行ってくれている小島利夏工人。

―小島利夏工人、自分にとってカミナリ親父的な存在だった小島俊幸工人の娘。
小島さん亡き後、こけし工人を目指すようになり、宮城県鳴子温泉に単身修行へ。
木地挽きの手ほどきを受け、黒石に帰省後、こけし館での実演担当も行ってくれている。
アネゴ肌で面倒見が良く、真面目で丁寧な性格。
こけし製作しながら、基礎であるずぐり独楽製作も修行時代から継続中で、そのずぐりが近年全国的な小学校の教科書で紹介された事もあり大ヒット中。
そして、お父さん譲りで僕にカミナリを落とす事たまにアリ(笑)

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2018年4月、津軽こけし館開館30周年アニバーサリーフェスタにて。師匠の津軽系今晃工人と石川美祈子工人による2人挽き轆轤。

―石川美祈子工人、聞き上手で優しい性格の石川さん。
弘前出身で15年ほど東京暮らし。
雑誌こけし時代で津軽系工人の作品に魅了され、こけし工人を目指しUターン。
青森市で開催されたこけし催事のトークイベントにゲストで呼ばれた時にお客さんとして来てくれたのが縁となり、「こけし館で仕事していれば道が開けるかも…」と声を掛け、スタッフとして勤務後、津軽系今晃工人に弟子入り。
今ではこけし館で作品展を開催してくれるまでになっている。


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2020年8月、左から北山裕美工人、小島利夏工人、石川美祈子工人。ポケットこけしパーク9.5thイベントの期間中に女性工人3人でプチイベントを津軽こけし館で開催。

―北山裕美工人、津軽系北山盛治工人の娘。
黒石出身で現在結婚して群馬県在住。
ねぶた絵師でもある父親譲りの描彩上手。
伝統的な作品以外にも同世代のこけし女子の心をガッチリ掴む女子力溢れる可愛い作品を作る。
遠方のためこけし館にはなかなか来れないが、関東で開催したイベントの際は群馬から未来の工人候補入りの大きなお腹を抱えて参加協力してくれた。


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高円寺フェス2016。中央ゲストで一緒に参加した阿保六知秀工人とトークイベントに協力してくれた左側橋本恒平工人。

―橋本恒平工人。山形県鶴岡市にいる津軽系五十嵐嘉行工人の一番弟子で埼玉県在住。
羊羹で有名な老舗和菓子屋虎屋に勤め、東京ミッドタウンの店内にあるギャラリー担当時代に虎屋歴代の菓子をテーマにした「こけしと出会う」展で五十嵐工人の作品に惹かれ、その後長期休暇等を利用して定期的に五十嵐さん宅に住み込み修行。
現在千葉県に工房準備中。



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平成29年、30回目となる全国伝統こけし工人フェスティバル懇親会にて。
土湯系の近野明裕工人が組んでいるバンドのアトラクション演奏。
たしか懇親会の当日に「アキノさんも出ない?(笑)」と近野さんから声かけられており、飛び入り参加でカントリーロードをアキノさん唄ってくれた(笑)

―稲田瑛乃工人。兵庫出身、五十嵐工人の二番弟子。
自然や森林が好きで山形県の大学に進学。
そしてTV番組で紹介された事があるほど多彩な技能持ちのナリワイ女子。
時には登山ガイド、時にはバンド活動、時には漁師不足を聞きつけて川でカジカ採り。
現在結婚して北海道小樽在住。北海道で開催したイベントに協力してもらった時は、こけし作品の販売以外にお客さんの似顔絵描きまで。
7つの顔を持つ女。

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長谷川優志工人と山谷レイ工人。
いつだったか、レイ工人がラジオ出演に声がかかったので車に乗せて弘前に連れて行った時「そういえば、レイさん。優志さんや健三さん達の拠点にしているねぶた村見たことあったっけ???」と話しになり、連れてった優志さん達の作業場。


―以上5名の新入会員、そして若手の中では活動歴が長い阿保正文工人と長谷川優志工人を加え、津軽系若手7人衆!

いつか全員集合して津軽こけし館で大きなイベントを開催したいと思っている。





つづく



****************************


~あとがき~


先日、お父さんの仏壇に自分が書いたワゲモノの放課後記事を見えるように反対向きに飾っているくれているというウワサを聞いた小島家。

その後、利夏工人から、新聞にこの“ワゲモノの放課後⑨ 津軽こけし工人会”の連載回が掲載された後のある日。
自分に「ど~も~。。。♪カミナリ女で~す(笑)」と言ってきた(笑)


うぉ・・・、怖っ・・・・。(苦笑)
連載をずっと見てくれていたようで、お父さんの話しから今後どういう話しに持っていくのかな…と思っていたらしいけど、こういう話しに持ってきてました(笑)

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津軽こけし館で、津軽地方伝統の独楽、ずぐり独楽の製作する津軽系小島利夏工人。

そんな利夏さん。
お父さんである小島俊幸工人とヤマダが一緒に仕事をしていた時期。
娘の存在は知っていたけどあまり直接的に会ったり話したりしていた思い出等がなく、小島さんが亡くなって自宅に顔を見に行ったとき、声をかけてくれて、「よく家で山田さんの事言っていたんですよ」とその言葉を聞いて涙が止まらなった思い出があるが、それがもう10年近く前の話し。

亡くなった後、そんな娘さんがこけし工人として活動するとかしないとか。さらに鳴子に行って修行をすると聞いた。
当初、鳴子に行く経緯などはあまり知らなかったけど、確か2015年の夏に行った鳴子こけし祭りで、夜に鳴子の街で一緒に飲んだりして、黒石市に里帰りのした際もちょこちょこ話すようになり、鳴子で利夏工人に木地挽きを教えてくれた後藤皓工人が亡くなって鳴子での修行を断念して戻って来るとなった時、改めて話す機会を設けてこれからどうしていきたいと思っているのか、どうして行こうと思っているのかイロイロ聞いた。


こけし工人として数十年間、こけし作りをしていたお父さんの俊幸さん。
そんな俊幸さんは自宅にロクロが無く、車で数分の師匠である佐藤善二工人の工房に昔から通ってこけし製作作業していた。
利夏工人も当初、お父さんである俊幸さんが活動場所として使わせてもらっていた佐藤善二工人の工房“温湯こけし工舎”で場所を借りて、製作コツコツをしようと思っていたらしいが、津軽こけし館にもロクロもあるから、毎日じゃなくても作業しに津軽こけし館にも来ないか声をかけた。

小島さんの娘だから応援したい。そんな気持ちもあったけど、津軽こけし館で行っている連日のこけし製作実演。
ちょうどその時期、阿保六知秀工人が事情があり、あまり製作実演には来れなくなっており、弘前から定期的に来てくれていた長谷川優志工人もお父さんである健三さんが目の病気になってしまった都合でしばらく来れないとなった時で、連日行う製作実演の当番がなかなか埋まらなく困っていた。
・・・自分は結構来れるよ♪けど毎日はキツいかな。。。(苦笑)
と正文工人は言ってくれたものの、黒石市在住で近場に住み実演をやりに来てくれる人材が少なくピンチ状態。


近くに住んでいた利夏さんに津軽こけし館での実演とかも協力してくれると非常に助かる状況で、来ないか、来てくれないか。来て下さいよ~。。。と、何度も声かけた。
・・・・が、お父さん譲りで頑固な部分がある利夏さん。
いろんな理由があり何度も断られたけれども、最終的に自分のしつこさに呆れてくれた部分もおそらくあり…(笑)
「・・・じゃあ、来てみよっかな。。。(笑)」
となってくれて、2016年頃の夏頃から津軽こけし館の実演担当も勤めてくれるように。

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津軽地方伝統の独楽ずぐり、左側は野菜のカブのような形が特徴のカブずぐり。

そんな利夏さんが実演に来た当初から良く作っている 津軽地方伝統独楽「ずぐり」
昔、お父さんである俊幸工人も良く言ってたけど、「やり始めて最初からこけしを作るんじゃなくて、最初は地道に独楽とか基本的なモノを作り続けて、数年後にこけし製作に・・・」と何度も言い続けていたのを自分でも覚えているが、独楽を作るためには、削る、曲線形を作る、掘る、抉る、ロクロ線を入れる。
などなどこけし作りに必要な木地挽きの基礎技術が詰まっているものだとされており、ずぐりでは無いにしろ、弟子に修行がてら独楽を作らせるのは多くの産地の指導する立場の工人も行っていた事でもある。


そんな、ずぐり独楽。
出来上がった作品の使用用途は、主には子供向けのオモチャ。
太い肉厚の材料を使うため材料代も結構かかり、作るにも掘ったり抉ったりと手間がかかる部分がある。
だけれども鑑賞用というより、子供向けのオモチャの位置づけで扱われる事が多いため、値段を高くも設定しにくい作品でもある。

そんなずぐり独楽の製作工程の背景やこけし作品の需要が徐々に高まってきていた事もあり、ずぐりを欲しがって買い求めに来る方は津軽こけし館に結構いるけれども、こけし工人や自分達も個別の注文製作を依頼されない限りはずぐりを製作したり作ってもらう機会が少なくなっており、効率や需要を考えると通常のこけし製作を優先し、自分が津軽こけし館に配属になった当初は工人さんが作ったずぐり独楽も常設販売もしていたけれども、2012年頃から店頭販売はほぼ出来なくなってきて店先からもずぐりは消えていた。

ただ、お父さんである俊幸工人が生前言い続けていた部分である基礎固めにもなるずぐり製作を、こけし製作の傍ら現在でも利夏工人がずっと続けているおかげもあり、利夏さんが来るようになってからずぐり独楽販売も復活し、近年は店頭にも並ぶように。

店頭での販売復活。
その効果もあり、津軽地方のチビッ子達やその親やおじいちゃん世代にも馴染みがあるずぐり独楽の人気や需要がここ数年ジワジワと再燃してきており、さらに近年、全国20,000校あると言われている公立小学校の内の12,000校以上で使われているという小学3年生の国語の教科書の“こまで遊ぼう”というページで、ずぐり独楽が大きめに紹介された事もあり、学校の先生が授業で生徒に見せたい。教科書を見た子供の親御さんが“子供が興味を持って♪”と連絡を受け、沢山の注文を受けている。

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2021年2月。周辺に住む津軽系の若手工人と一緒に行った初イベント“ずぐり虎の巻講習会”
正文工人にはずぐり用の特製手回しロクロの製作、リカさんはずぐり製作実演の披露、石川さんは世界各地の独楽についての3択クイズをイラスト付きで作ってくれて協力してくれた♪画像は石川さんの独楽クイズ。こういった類の仕事、石川さん在職中から得意だった(笑)

津軽地方特有の独楽で、津軽系こけし工人が修行時代に手掛けて思い入れもあり大事にしているずぐり独楽。
自分は作れる立場では無いけれども、小さなころから遊んだ記憶がある馴染みがあるもので、今現在、青森県の伝統工芸品に指定出来ないか2月頃から県の関係者と連絡を取って書類申請しており、10月にはその審査団が津軽こけし館に調査に来る予定。
何とか県の伝統工芸品に指定されるように持っていって、津軽系こけし工人達が作るずぐり独楽の価値や普及伝承に繋げて行きたいと思っている。

・・・特にカミナリ女的に書いてしまい、後々、根に持たれたら怖いリカさんのために・・・(笑)




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2018年4月、開館30周年アニバーサリーフェスタ前日の様子。レアな組み合わせ(笑)
2人挽き轆轤。木地挽き中の石川美祈子工人と手綱を引いているのが本間直子工人。ニヤニヤ見ているヤマダ。
と見せかけて阿保正文工人(笑)

そして、石川さん。
石川さんとの初めての出会いは、酔っ払ってて曖昧だ・・・ (笑)
2013年夏頃。
「こけし-乙女の玉手箱シリーズ」というこけし本が販売される事になり、自分も製作取材の協力などをした。
そして、販売して数か月後、青森市にあるギャラリーで、その出版記念イベントとしてこけしイベントが開催されることになり、イベント初日にトークイベントのゲストとして自分に声がかかった。

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乙女の玉手箱シリーズ“こけし” 津軽こけし館WEBSHOP等でも販売中!
フルカラー 143ページ /監修:やまもとゆみ /発行:2013.9.25


2013年11月8日(金) 青森市 teco gallery
こけし -乙女の玉手箱シリーズ― 出版記念「やまもとゆみ 乙女と旅するこけし」

この時、夜からトークイベントがあった訳だけど、昼過ぎから青森県庁で笹森淳一工人がみちのくこけし祭りで内閣総理大臣賞を受賞した事に合わせて、青森県知事に受賞報告の表敬訪問するのに自分も付き添って出席していた。

夕方、笹森工人を青森駅まで送り届け自分はイベント会場に。
関東では何度か経験があったけど、地元青森では初めてのトークイベント。
顔見知りのファンが多い地元青森県内での開催は逆に緊張しており、さらに言うとちょっと前の時間は知事に表敬訪問していたりと、結構プレッシャーがかかる仕事を連続して乗り越えた日でもあった。

その時のイベントの様子。まるごと青森さんのブログでも少し紹介してくれている。
まるごと青森「やまもとゆみ 乙女と旅するこけし」展
※たぶんこのブログのガラス張りの画像の左下に小さく映っているのが石川さんのような…(笑)


トークイベントが終わった後のレセプションパーティー。張り詰めていた緊張の糸が切れたのか、調子のって結構飲んでいた(笑)
言い訳だけと大抵こういった時は、トークイベントを聞き終わった後に沢山の人が声をかけてくれる訳で(笑)
後々、顔はなんとなく浮かぶけど、誰が誰だかわからなくなるヤマダ…(笑)さらに言うとこの時はお酒も入っていた(汗)

その時、話しかけて来たお客さんの1人が石川さん。
「こけし工人になりたいんです♪」的な事を言っていたけど、初対面で本気度もわからない事もありつつ、他の人も沢山いた訳で、バタバタしてお話しはしたものの細かい話にはならずにサヨナラしていた。


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2021年1月開催した、今晃と石川美祈子工人2015年~2020年作品展「なるかならぬか」
あれから数年。石川さんは作品展を開いてくれるまでになり、コロナ禍でも沢山のお客さんが見に来てくれた。

・・・ただ、酔っぱらってても仕事のクセが染みついていた自分的ファインプレイ(笑)
石川さんに名刺を渡していたようで、そこに書いてたアドレスを頼りにその1か月か2か月後のある日石川さんからメールが届いた。

内容は、「あの時、酔っていたけどお名刺を頂きそれを頼りに連絡してまして…(笑)」の前置きの話しがありつつ、本題はやはり、こけし工人になるには…?って部分の相談。
その頃、津軽でも工人の高齢化、そして後継者問題が徐々に浮彫になって来た時期で、よく後継者問題について考えたりすることや、県外のこけし施設や行政が協力して行っていた育成事業の内容を聞いたり、資料を取り寄せたりしたり、実際に育成事業に参加している修行中の工人さん達にどんな事をどんなスケジュールでやっているのか等々、色んな事を聞いたりしていた。
津軽でも後継者育成なんとかしなきゃ。。。話しをする機会も増えてきていた時期でボンヤリとした道も浮かび始めていた事もありながら、今すぐには具体的な道が無い事もあり、今の状況やこけし業界のことを丁寧に伝えつつ、

「今現在具体的な道はないけれども・・・、ちょうど後継者問題について話し合う機会だったり、津軽でも取り組んでいかなきゃいけないと話になっている際中でもあるから、何かあったら連絡しますね」と何度かやり取りして話しは終わりかけていた。


・・・・ん?
というか。。。。道筋は今の所無いけれども、津軽こけし館のスタッフでいると、こけし工人とも話す機会が多いし、参考になる部分。
こけしについても覚えれるし、道が開ける可能性少しでも上がるかも。。。

たまたまだったけど、その際、色々と自分達の会社では事情があり他の部署で人員が足りずにこけし館のスタッフを1人他部署へ急遽回して欲しいと人事異動の話しが出ていた時期で、スタッフを1人補充のするために急遽募集しなきゃいけない…。そんな時期で非常に困っていた時期でもあった。

再度、話しが終わった感じになっていた石川さんに連絡をした。
確かその時、石川さんは津軽こけし館と似ている工芸品などを扱う弘前市の観光施設で長谷川優志工人や健三工人がいる「津軽藩ねぶた村」の求人を見つけていたようで、それに応募しようと履歴書を書いている途中だったようで「ちょっとまった~!」コールをして、津軽こけし館で働いてみることに興味はないか声をかけた。トントン拍子で話しが決まり、改めて津軽こけし館に来てもらい面接することに。


改めて履歴書の名前を見た時目についたのが美祈子の「祈」の字と東京のミッドタウン内の本屋さんで働いていた経歴があった事。

神様。。。何とか津軽こけし館で働いてくれる良い人が見つかりますように。
的な感じで祈っていた時に連絡をくれた石川さん。そして名前に「祈」が使われていた事(笑)
さらに、酔っぱらってたけど無意識に名刺を差し出していたヤマダ(笑)
さらに言うと、自分も興味を持っていたこけしイベントを開催した事がある東京ミッドタウン内での仕事経験者。

これは・・・巡りあわせだ♪と自分的には採用決定。

だけど、勤めるに当たり最大の問題、関東から戻って来たばかりで、免許はあったけど車が無い。
そして、石川さんの家は隣町だけど結構遠い位置で田舎で便数や乗り継ぎも悪いため、公共交通で通勤するにはちょっと遠い…(汗)

困った。。。。早々に来て欲しいけど、解決するのにちょっと時間がかかりそうな足をどうするか問題。
・・・・そんな問題に直面していたが、ワゲモノの放課後で何度か登場している自分が尊敬する会社の社長に相談したら問題は一発で解決した(笑)

「会社の車貸してあげろ(やれ)(笑)♪ なんだったら格安で売ってあげろ♪(売ってあげな♪)(笑)」

と自分たちの会社で使用していた社用車を格安で提供することに(笑)

「焼きそばの街くろいし」と書かれたステッカーを外し、自分も営業時代に使わせてもらう事が多かった会社の社用車だった車は数日で石川ミキコ号に早変わりして面接から数日のうちに電光石火の如く入社決定♪(笑)

始めて書いてもらった石川さん津軽こけし館スタッフ時代のこけし絵日記
本人も書いているけど、不思議なほどにタイミングやら偶然が繋がってのことだった(笑)

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秋田県大館市の今晃工人宅にて。
石川美祈子工人、今晃工人の元での修行時代。2人挽き轆轤で交互に製作しあっていた。

その約1年後。
自分も石川さんがずっと此処で働かないとはわかっていたものの、縁が繋がり石川さんがこけしに興味を持ったきっかけである今晃工人の元に弟子入りが決定。
・・・弟子入りの道が開かれて退職の話しをされた時。
こけし館の仕事も元々こけし興味を持ってくれていた事もあった訳で覚えが早くとても助かっていた事もあり、このままスタッフでいて欲しいな・・・(笑)と思ってしまっていた訳だけど。。。

石川さんの意志は固かったろうし、工人となった今もずっと津軽こけし館にも協力してくれて、作品のファンも多い石川さん。
きっとコレが一番良い形だったはず・・・♪


余談だけど、お父さんが牧師さんでもある石川さん。
それもあって聞き上手な事もあるのか、山田が疲れ果てている時や病んでいる時、石川さんに愚痴をこぼしながら相談することが多い訳なのだけど・・・。なぜだか石川さんに聞いてもらうと、ヤマダは怒りやストレス、気持ちの落ち込み具合が軽減される事がとても多い(笑)


え~、改めて・・・。。。

強く思えばきっと道は開かれる。
そして、全てを受け止めてくれる隣人はいる。
偶然ではない、こけしの神は本当にいました。アーメン。。。。  BYヤマダ


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裕美さんと直接的に会う事は、たしかここが初めてだった。2019年2月。茨城県JOYFULL2守谷店にて開催したこけしクラフトひなこけし展。
ひなまつりということで、女性工人2名と自分で参加。左が山谷レイ工人と右側北山裕美工人。


そして、北山裕美工人。
いつか、お父さんである北山盛治さんと話した時に聞いていた次女の裕美さんの存在。
結婚して群馬在住だけど、2016年頃から年に何度か実家に戻ってはコツコツ挽いたりして、群馬に戻ってからも描彩して作っていると聞いて作品を見せてもらった。
作品見た時、さすが北山さんの娘で、描彩とか上手だな~と思っていた。

その後、津軽こけし館で茨城県JOYFULL2守谷店で開催されるイベントに参加する事に。
イベントがひな祭りに合わせたイベントでという事でせっかくなので女性工人が良いかなと思いお父さんに相談しつつ連絡手段を聞いて、裕美さんと連絡を取り合うように。

何だかイロイロお話し聞いたら、人数が結構多い学校で、学科も違ったため面識はほぼ無かったようだけど利夏さんと同じ高校出身の同級生。
そして、イベントへの参加を打診した所、その時ちょうど妊娠中で、最初は迷っていたわけだけど安定している時期だったのと、お父さんからの一度参加してみるの良いと思うという勧めもあり、群馬から茨城へ駆けつけてくれることに。

夜に一緒にご飯を食べに行って改めて話ししたけど、作品も細かい所まで丁寧に描きつつ、カワイイ系の作品を作ってもらうと男の子の山田でも、コレはキュンと来るのがわかるなぁ~と思う女子力満載な作品を作る訳だけど。
本人もお父さん想いで、細かい部分に気遣いが出来る大人の女性・・・というかお姉さん?女子力がある(笑)というか、ヤマダ的に年も近く黒石出身な事もあり、とても話しやすい訳でイベント終わった後もコツコツ連絡を取り合うように♪


そして、裕美さんと一緒に初イベントに行った1年後。
今度はお父さんである盛治工人と初めて県外の出店イベントに参加することに。
場所は同じく茨城JOYFULL2守谷店。

その時期、コロナ感染が徐々に広まったのと、盛治さんも結構な年でなおかつ不慣れな関東だったこともあり、裕美さんはお父さんの事を心配しており、イベント会場までの道中の様子をコツコツ自分の方から連絡していた。

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茨城県守谷駅。お迎えの方が車で駅のベンチで談笑中の北山盛治工人と高田稔雄工人(笑)

そして、この写真と「無事茨城の守谷つきました~♪」とメッセージを送ったら、

「・・・父、隣にいる座っている人に絡まれてません???(笑)」と返事が来た(笑)

・・・・あっ(笑)
お父さんの事ばかり教えていて、隣にいる人の事あんまり裕美さんに教えてなかった・・・(笑)
怪しい人に見えても、改めて怪しい人ではない事を伝える(笑)




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2020年JOYFULL2守谷店にて。この後、コロナが拡大して県外催事何処にも行けてない訳でヤマダの近年の最後の出店先。
現地参加してくれた北山盛治工人と群馬から息子連れて見に来てくれた北山裕美工人。写ってないけど、弥治郎系髙田稔雄工人も一緒に現地参加。

その後の2020年夏。
コロナ禍でしばらく黒石市には帰って来れなかったけれども、久しぶりに家族に孫の顔を見せに来たという事で、その際、利夏さん&石川さんと3人で女性3工人が集まるプチイベントを開催してもらった。
子育て真っ最中&コロナで帰省もあまり出来ない状況もあり、作品は沢山作れなく、イベント等にも現地参加なかなか出来ない状況だけど、裕美さんいつも出来る限り協力してくれている。




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2016年6月、カメイ美術館で行った津軽こけし館Special2デイズイベント。
左から司会の自分、大鰐系の長谷川健三工人、稲田瑛乃工人、五十嵐嘉行工人、橋本恒平工人、カメイ美術館青野学芸員。
五十嵐工人、1時間のトークイベントで最初に一人1分位で自己紹介を・・・♪と振ったら、健三工人が1分~2本で自己紹介して、その後の五十嵐さん。
自己紹介のままマイク離さず、そのまま45分ほどしゃべり続けてほぼ五十嵐工人のワンマントークイベントに(笑)


続いて、橋本恒平工人。
ある時、五十嵐嘉行工人から電話が来て、長期休暇を利用して自分の所で製作していた弟子が今後活動していくから、ヤマダさん、何とかよろしくね~♪とホロ酔いで連絡が来た(笑)
※ちなみに五十嵐さんは自分に連絡くれる時は大抵ホロ酔いしている(笑)

詳しく聞くと、羊羹で有名な虎屋にお勤めとの事。
自分でもピンっと来たものがあった。

2012年頃、小島俊幸工人が自分に見せてきた変わりダネのこけし作品。
「珍しい作品ですね♪コレ何なんですか???」
と、聞くと羊羹で有名な虎屋の東京の展示ギャラリーで開催するイベント向けに作ったという事で、歴代の虎屋のお菓子や包装紙等をモチーフに製作したこけし作品との事。

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2012年秋時期開催。虎屋歴代の菓子をテーマにした「こけしと出会う」展
右端が小島俊幸工人作品。

その時、ギャラリー担当だったのが橋本さん。
ちなみに、そのギャラリーは東京ミッドタウン内にある。
石川さんがミッドタウン内の本屋で働いていたと知った時、何だか愛着が持てたのは、ミッドタウンでこのこけしイベントが開催されていたからだ。

そして、いつだったか五十嵐さんの師匠でもある大鰐町にある間宮さんのお墓参りを兼ねつつ、津軽在住の工人さんとも色々話したいと青森に遊びに来て、石川さんや利夏さんも誘って一緒にご飯を食べに行った。
余談だけど・・・確かその時連れて行ったお店は違うお店だったけど、黒石市の飲み屋街にある「とらや」という居酒屋さん。
とらやと光り輝く看板を見て橋本さん、「うわっ(笑)」と携帯で写真撮って橋本さん行って見たそうにしてたけど。。。

あの時、行ったことがなくてどんなお店か知らなかったことを悔いて、今度また来た時の「橋本さんのため」によく視察&リサーチに行くようになり、自分的大ヒット店になった訳で、今度青森に来た時は連れて行きたいと思っている(笑)

そして、記事を書いた当初、千葉県に工房準備中だったけど、訳あって場所を改めて探すことになり現在また作業場探し中との事。
材料や木地の確保、ロクロの調達だったり、津軽こけし館や津軽系工人も協力しているけれども、いつか落ち着いて本格的に活動して欲しいなと思っている。



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2016年6月。カメイ美術館にて。
津軽在住工人と山形在住だった外津軽のような存在の五十嵐嘉行工人。これまで一緒の場所で揃ってイベント開催した事は無かった。
けど、この時5人勢ぞろい!レイ工人、健三工人、橋本工人、アキノ工人、そして若干酔っ払ってる五十嵐工人!



最後に瑛乃さん。
確か五十嵐さんと橋本さんから瑛乃さんの存在を聞いてある時の9月。
鳴子のこけし祭りに出店に行く際に五十嵐さんのお家に寄らせてもらいアキノさんとも会う事になり初めてお話しを♪
多彩な技能持ちである事を聞いて、確か、その次の日だったか、アキノさんの方でも鳴子こけし祭りを見に来て津軽こけし館のブースも訪ねてくれた。

その後、写真も掲載しているが、カメイ美術館のイベントに声を書けたときには高齢の五十嵐工人を連れて仙台に来てくれた。
因みに五十嵐さんはアキノさんの車の横でイベント参加する興奮抑えきれず、ワンカップをずっと飲んでいたらしく、カメイ美術館に来た時は結構酔っていた(笑)

その時にさらに詳しく話をして本当に色々な事を手掛けている面白い子だな~とは思っていたものの、イベント終了した数日後、たまたま家でテレビを見てたら、一緒にイベントをやっていた瑛乃さんがNHKの番組で紹介されていた(笑)
ぐはっ・・・(笑)嘘だと思ってなかったけど、マジで川でお魚取ってる・・・(笑)

その時の映像の一部。

数年前のインタビューもぜひ見てみてくださいね(笑)

数年後、工人フェスに参加してくれた際、何やら山形系の志田菊宏工人と顔見知りのようで、どうして知り合ったのか聞いたら山の管理などの仕事もしている志田さん。そして、山が大好きなで五十嵐さんとも山菜取りに行ったり山にもよく登るアキノさん。

こけし関係で会ったわけでは無く山関係の延長でたまたま出会って、話しをしてたらお互いにこけし作っているという話しになり知り合いになったのががキッカケだったとか(笑)

その後、結婚して北海道の小樽に引っ越したアキノさん。
津軽こけし館で北海道鷹栖町でイベントを開催する時になった際、アキノさんにも参加して欲しいと声をかけた。

そのナマラこけし5イベントでやってくれた似顔絵書き。
似顔絵も上手だったなぁ・・・♪


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令和元年5月。ナマラこけし会場でアキノさんに書いてもらった似顔絵(笑)この時は正文工人とアキノさん、自分で現地参加。
草原の話しとか、日本酒の話しとか、ラーメンの話しとか。。。。仕事してない人みたいに書かれる(笑)

ちなみに鷹栖町のイベント会場であるsimpleさんは数日中に津軽こけし館で開催する絵描きさかいりょうへいさんにも縁がある場所でさかいさんはsimpleさんにホームステイ?したことがある訳だけど。。。
自分達がナマラこけしイベントに行った際、人数も多い訳でさすがにホームステイではなく、隣町の旭川のホテルに泊まる事になっていた訳で、アキノさんにラーメンやら旭川の夜の事をふざけて書かれた訳だけど。。。

この時、ヤマダの悪酔いより酷かったのが、北海道に行って改めてわかった一緒に現地に行った正文工人の強烈なシラカバ花粉アレルギー(笑) 
道中もヤバそうだったけど、たまたま入った居酒屋の柱にも北海道らしくシラカバが使われており、クシャミと涙が酷かった(笑)


そして2020年秋。
アキノさんに、津軽から北海道でも製作活動出来るようにロクロをプレゼントした。
子育てが落ち着いたら、北の大地でも製作の方頑張って欲しい。

・・・アキノさん、自分は鮭も好きですのでいつか捕獲できるようになってごちそうしてね♪




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ある時アキノさんが送ってくれたアキノジュニアとめっちゃ嬉しそうな五十嵐工人(笑)


続きまして・・・・
と、本当は全員紹介したいけど、今回は主に5人で、残りのメンバーはまたいつかの機会という事で・・・・♪



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工人フェスにて、製作実演を行う津軽系本田功工人。ちょっと遅れたけど、本田さんにも連絡を取り令和2年に津軽こけし工人会入りした。


若手工人以外にも近年、新規入会した北山盛治工人。五十嵐嘉行工人。その1年後に本田功工人。
平成時代のラストは会員数9名だったけど令和になり一気に拡大17名に。

会員同士の交流も活発化していると自分は実感しており、それがとっても嬉しい♪


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2021年夏。珍しい2ショットの阿保正文工人と嶋津誠一工人。

そんな津軽こけし工人会。
会のメンバーと良く県外に出店に行くけど。。。

高齢の工人さん達も多く、今までエスコートして何度か一緒に県外催事に行ってきたけど、コロナでここ数年一緒に全然参加できてない。
若手の工人は今後も一緒に参加する機会があるだろうけど、1年、2年と経つ内に徐々に高齢の工人さんにはキツい部分が増えてくるはず。。。

一人では行けないだろう日本各所、もしくは世界。
何とか早くもう一度連れていける環境に早く戻って欲しいと強く願っている。
・・・コロナ本当にもう勘弁してほすぃ・・・(汗)


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2018年東京高円寺フェス。こけし好きな漫画家のほあしかのこさんと長谷川健三工人。
ほあしさんが住んでいる九州。今まであまりこけし催事やったことが無い未開の地。いつかほあしさんにも協力してもらって九州でもイベント開催してみたいなぁ・・・。






そして、話は変わるが令和3年10月30日(土)31日(日)福島県で開催予定の第30回美轆展(みろくてん)。

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2021年10月30日(土)31日(日)福島県土湯温泉、土湯温泉観光交流センター「湯愛舞台」で開催予定の第30回美轆展。


主催している美轆会の会員は全国各地にいるこけし工人さん達。
30年の歴史がある会だけど、事情により解散する事になりその活動に終止符を打つことになっている。


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緊急事態宣言の解除が決定しない限り、告知しづらい部分があって詳細発表遅くなって皆様ゴメンナサイ(汗)
・・・けど、改めて開催します!!!!皆様ぜひ来てくださいませ!

その美轆会が出来たキッカケは、津軽こけし館で開催されていた全国伝統こけし工人フェスティバルの前進イベント。
「全国伝統こけし若手工人フェスティバル」
その開催時に、初代津軽こけし館館長である鳴海房之助さんが若手工人で会を作ったらどうだろうと参加していた当時の若手工人達に提案して発足に至ったという事。

そのため、若手工人フェスに参加していたメンバーと結成時の美轆会のメンバーは類似しており、当時から会員の方たちには、津軽こけし館でも大変お世話になっていた。

今では各所で活躍しているベテラン工人から、その弟子世代たちも入会し、日本で一番規模が大きいこけし工人の会であり、そんな会の結成のキッカケを作っていた津軽こけし館と当時のスタッフであった鳴海館長。

自分もいつかその伝統を引き継いで、同じように若手工人の会を作り何かをやるキッカケを作りたいと思っている。


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2021年9月。実際会うの今日が初めて(笑)と言っていた北山盛治工人と嶋津誠一工人。
話しがめっちゃ盛り上がっていた(笑)ちなみにそろそろ免許返納しなきゃいけない(笑)と言い続けて2年~3年経過しているけど、2トントラックに乗っていまだに津軽こけし館に来る90歳の嶋津さん。



改めて令和元年6月28日(金)
津軽こけし工人会総会で新入会員の入会が承認され、会員が倍近くに一気に増えて、今まで上手く歯車がかみ合ってなかったものがやっと上手く回り出すことが出来るように。

・・・・イケる。
津軽系こけしや津軽こけし館、もっとやれる事増える。。。
・・・夢が広がる!こけしでまだまだ広い世界見ることが出来る・・・!


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いつかのこけし工人フェス。笹森淳一工人と長谷川健三工人。

と思っていたが、コッチが良ければ、アッチがダメに・・・(苦笑)

その時期、今まで働いていたスタッフが退職することになり、さらにその時期が重なり、数か月前から求人を出しても県外や近隣都市へ若い人材が流れている影響もあったのか募集しても数か月の間全然求人申込が無い状況。
まもなく完全な人材不足状態になる見込みの時期…(汗)


令和元年6月28日(金)とは。。。
その3日後から津軽こけし館の正社員スタッフは自分一人になるという時期でもあった・・・(苦笑)


一体どうすれば・・・(汗)
・・・けど、此処で足を止める訳にはいかない。。。


・・・・・。
こうなったら・・・。
カミナリ落とされること覚悟してしつこくお願いするしかない。。。
そして、あの時助けてくれた神をもう一度信じて祈るしかない。。。
アーメン。





ブログ版のワゲモノの放課後もいよいよ次でラスト。
皆様もう少しお付き合いくださいませ。







by tsugarukokeshi | 2021-09-29 21:25 | ヤマダ絵日記 | Comments(0)