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津軽こけし館、ワゲモノの放課後⑩ 「伝統」

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そして、津軽こけし館には一つ自慢がある。

こけし館の現場に居るスタッフ。
自分が配属されて来た時から考えて、10年近くの間スタッフの平均年齢は20代を維持!

歴代スタッフ全員紹介したいが現在の2人のみ紹介。

1人目。
良く食べ、良く動く、素直で元気な20歳女子!
若いのでたまに言葉遣いが変だったり、時事問題など知らない事が沢山あるけれど…、そんなのそのうち覚えるか♪と思えちゃう程、前向きで何でも真っすぐやってみるタイプ。
どんどん仕事を覚えていっている姿を見るのがとても楽しい。
コロナ禍が終わったら、日本各地のこけし産地や関連施設、大都市での催事などにも連れていって広い世界を見せつつ、知り合いの人に「津軽こけし館のワゲモノです♪」と自信をもって紹介したい。
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実は31回目のアニバーサリーフェスタの時、お兄ちゃんのラーメン店の手伝いに来て軽く出会っていた(笑)
ヤマダと距離3m、うっすら見えるマスク姿の定員さんの右隣の子です(笑)



2人目。
千葉県出身、青森に来る前はバスツアーでお馴染みの“はとバス”のバスガイド経験者。
歴代のスタッフ達と練り上げたこけし女子増殖戦略にどっぷりハマり、頻繁にお客さんとしてこけしを求めて来ていた過去を持ち、ラーメンの食べ歩きも趣味でこけし館のラーメン王の称号を与えている。
粘り強く、先日1,000体のこけし作者を調べるというこけし探偵並みに難しいミッションを与えたところ見事に達成。
5000本を達成した時には、新たにこけし女王の称号を与えるつもりですがどうだろう?(笑)
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調べてもらって開催した中古こけしオークション展。新聞記事を書いた頃たぶん累計1000本位だったけど、たぶん今現在では2000本くらいになっているはず(笑)


そんな優秀な2人のスタッフと現在切り盛り中。

自分の高齢化により平均年齢は30代にはなってしまったが、「若者」「よそ者」「バカ者」。
街おこしに必要と言われる3者が揃い踏み。

同世代やベテランの工人さん達、一緒に戦ってくれるスタッフの皆、応援してくれるファンの方、各種イベントで知り合った作家さんやモノづくりの関係の方にも知り合いが増えて現在の津軽こけし館を支えてくれている。




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改めて、じいちゃんが実行委員長を務めていた津軽こけし館建設前に黒石市内で開催されていた伝統こけし展示会パンフ。


伝統というのは、技術や作品だけでは無く、想いや出来事を繋げる事も伝統だと思う。
津軽こけし館、津軽こけし、津軽系こけし工人、

そして“津軽系こけし館スタッフ”


何とかこの伝統をつなげて、年中無休、シャッター閉まる事は無し!
未来永劫、先人たちが繋げて残してくれたヒト、モノ、コトを次の世代へ引き継いで残していきたい。


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2011年11月お披露目開始、高さ4.2195メートル!日本一のジャンボこけしと木地だるま!
後ろには30回目の工人フェスの時に阿保六知秀工人と陣野原幸紀工人の協力の元、地元の黒石高校書道部に書道パフォーマンスで描いてもらった未来永劫!


最後になるが、2人の言葉を拝借して締めさせて頂きたい。

工人会長、阿保六知秀工人が取材を受けている際、最後に受けることが多い
「阿保さんはこれからどういった心意気でこけし作りしていきたいと思ってますか?」
という質問に対する決めゼリフ。



『伝統を守りつつ、新しい事にもチャレンジ。』

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初挽き工人を務めた時の石原裕次郎・・・的な六知秀工人!
2022年来年の初挽きは初の初挽き工人を北山盛治工人に勤めてもらう予定!


自分もその心意気を受け継いで、いつか限界まで頑張ったら、


『若い力で、津軽こけし館を世界一にしてみろ!』

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2002年高さ31.425m、日本記録達成!…自分がまだ高校生くらいの時の社長 福士収蔵さん(現会長/津軽こけし館5代目館長)
たしか達成前にスノーモービルで足を骨折していた(笑)


若者にそんな言葉を言える、新聞に載っていたような “おとこ” になりたい。

―そんな津軽こけし館、ワゲモノと言われた僕の放課後。

おしまい。

津軽こけし館 山田 拓郎




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~あとがき~


マッキー、さっちゃん始め、歴代たくさんの人達と働いてきた。
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マッキーのお馬の凛ちゃん馬車運行。
津軽こけし館前にも馬が走っていたの、懐かしいなぁ(笑)


一番過酷だったようで、やりがいとか面白み、動けば必ず反応がある。
自分一人で立ち向かっていた時より、火に油が注がれたように加速していってそんな実感が溢れていたマッキーがいた時代。
草がボーボー生えていた津軽こけし館、草が大好き馬を連れてきた子と根付いた草を草刈りしていくと必ずそこに集まって来る人がいて、その人たちがさらに応援してくれたおかげで、草がこんなにまだ沢山生えている津軽こけし館、自分達ワゲモノがどう開拓していけばみんな喜ぶのか、楽しんでやっていた。

そんな領土開拓のために戦った戦友。たま~に連絡を取るけれど、いつか6時間位タイマンで意見交換会でも開きたい(笑)
6時間で終わるかわからないし、最終的にダメ出しされそうな部分も沢山ある気がするけれども。。。
もう一度、来るとわかっていてもなかなか打ち返せない、火の玉ストレート的な直球企画と痛快な打ち出し方。
間近でもう一度見てみたい(笑)



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津軽こけし館さっちゃんのこけし娘育成指南塾
こけし塾、やらせて良かった。まだ10代だったのにサツキ本当によく頑張ったなぁ…♪

歴代一番付き合いが長く7~8年近くの間、ずっと支えて来てくれたさっちゃん。
とっても真面目で素直、だけど目立つことは苦手。最初、若い事もあったけど少し頼りなく思えた部分もあった。
そんなサツキに、何か前に出てやらせようと思った事も沢山あったけど、向き不向きとかもある事と、足を止めたりゆっくりしている時間が無くて、教える事が下手だったこともあるかも知れないが、苦手部分を強化することは自分にはできなかったと思う💦

だけど、一緒に働く時間が長くなるにつれて、本当に絶対に居なきゃいけない存在になっていた。
何度かさっちゃんにも言っていたけど、去年自分は10個のイベント作ったなら、今年は11個やる。それもウチラの仕事でとっても大事だけど、去年1年間で10やるの手伝ってたら、今年は11か月で10やる。そういった人もとっても大事だと。
重圧が重くなる一方、前に出れたのは、真面目なサツキが後ろを固めてくれたおかげで、さっちゃん居なきゃ本当にここまでこれなかった。後ろからしっかり前を向いて支えてくれた津軽こけし館の絶対的守護神。
改めて、面接は「はいっ!」だけで選ぶべからず・・・ (笑)





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ポケこけ、雑貨展、Xmasイベントなどなど。。。
オトコの自分が見てもコレはキュンと来る人多いだろうな~と思うくらいイベントの雰囲気をうま~く作ってくれた成田さん

そして、成田さん。いつもニコニコ接客上手。
そしていつやってたの?って位、気が付けばイロイロな部分に手をかけてくれた。
あれっ、ここ綺麗になってる。うぉ!このPOPめっちゃ可愛く上手♪あれっ、気付いたらこの仕事誰かがやってくれている。
高速作業と女子力というか演出力?数週間働いて、この子テキパキしてて仕事の動きいいな…(笑)

そんな風に思い、次の段階ということで、もっとこけし館やこけしの仕事を覚えてもらうにはどうすれば…と思った時にさっちゃんの時どうしたっけ?と話したら、「こけし塾の時みたく、こけしやこけし館に関する問題とか出したら…(笑)自分はこけし塾ブログとかで色々しりましたよ♪」と言われ、「なるほど(笑)」と思い、ある時ヤマダお手製の問題集を作って渡してみた。
そして、入って来たばかりだから優しい問題作ればよいのに、鬼のような自分・・・(苦笑)
作っていたらノリにノッてしまい、正直、かなり難しくこけし館歴その当時5~6年のさっちゃんでも全部解けないな…と思うほど、調べるには労力と頑張り、ある意味、意地と根性がないと出来なそうな問題を作ってしまった・・・(苦笑)
だけど「回答期限1か月程度ね(笑)」と言って渡したものが、1週間位でノートびっしりの回答書いて提出してきたとき、面白さがこみあげてきた。

・・・この子ヤバい(笑)と半笑いしたくなったのと、見てない所で気も利かせてくれているけど、見てない所で努力もしてくれているのがビッシビシ伝わってきて。。。逆に自分が頑張らなきゃとやる気をもらってしまった(笑)
成田さんにも感謝しかない。

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今現在亡くなってしまったけど、お世話になっていた蔵王高湯系の水戸工人の作品に関する成田さんが書いてくれたPOP。
可愛い系のPOPも書くの上手だったけど、陰でコッソリ勉強したり調べたりして努力もしてくれていた。
そして、水戸さんの小さく細かい作品、水戸さん津軽こけし館に来たお客さんたくさん興味を持ってくれましたよ、この場を借りてありがとうございました。


長い年月居てくれたメンバーには特に感謝の気持ちで本当にありがとうと、たくさん仕事やらせてごめんなさい(苦笑)と、自分、まだあの調子で頑張っています(笑)と伝えたい。



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さらに、強いて言うなら、この人にはありがとうと、出来れば一緒に謝る側に回って欲しい(笑)
あの頃、手を広げて色んな事をやり始めた事を、何とかその後も全部繋げなきゃと思ってやってきた部分があるので・・・(苦笑)



ヤマダ劇場を一緒に演出してくれたミキナリくん。
無口だけど力持ちで絡みやすかったカトウくん。
元気で明るく接客上手な由美子さん。
何でも万能にこなしてくれた石川さん。
人脈が広く、色んな知恵をくれた奈良岡さん。
芸達者で絵日記ブログが面白かった雪印。
英語ペラペラ外国人対応バッチリのあんちゃん。
移住までしてこけし館にきた保坂さん。
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津軽こけし館階段歴代イベントポスター/フライヤー掲示コーナー。
先日見直したけど…、ここに貼り切れてないイベントや企画もあるけど改めて自分頑張ったなぁとしみじみ・・・。


今現在、違う部署で働いている人や違う道に進んだ人、今、何をしているかわからない人もいるけど。。。
あの時、頑張ってくれた皆がいてくれたから今があって、皆がいた事で分かった事だったり、自分の中での経験になったり、今、自分の中でそれを覚えているから現状がある。
そして、津軽こけし館やこけし業界で起こった出来事を一緒に体感出来たり、似ている立場で喋れる相手がいることは心強かった。




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2019年。時代は平成から令和に。
新しい時代にみんな期待を寄せる中、自分的にはため息ばかり出る状況で気持ちが平成から抜け出せずにいた…(苦笑)




・・・前置きが長くなったけど、前回からの続き。
2019年、時代は平成から令和になる頃。
色んな事が重なって、夏前に正規のスタッフは自分だけになる事になった💦



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2019年、津軽こけし館 31周年アニバーサリーフェスタ。
雨男ヤマダ。このイベントは当時居たスタッフの皆と開催する最後のビックイベントだったこともあり何とか成功したいと思っていたけど、神様ありがとうございました。
今までで一番の快晴だったことを覚えてる(笑)


・・・どうするべ💦・・・溜息ばかりでる。。。
けど、病気か・・・、と自分で思うほど、気持ちの奥から出てくるのが “何とかするしかない” それだけだった。
もう戻れないし、此処で投げ出したら、自分が大事にしてきたものに自分で火をつけるような感覚で、それこそ自分が耐えきれなくて狂いそうに思えて、どうやっても進むしか選択肢がなかった。

大学の時にバンドでカバーした曲があってその歌詞をふと思い出した。
「木綿のハンカチーフ」

・・・・ハンカチとか送る相手はいないけど。
染まってしまって、もう戻れなくて、進むしかなかった。。。


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こけし絵日記 2019年 6月25日 ちいきこけしおこしたい!
振り返ってブログを見たけど、その当時本当に人手不足で本当に困っていた💦



同じ職業ではないにしろ、関連性が強い方々に・・・お願いします💦 としつこくお願いした結果。
利夏工人や石川工人が人が見つかるまでバイトでこけし館に入って手伝ってくれることに。
そして、2人がこけし館のお手伝いに回る分で空いた工人さんの製作実演や来場者の絵付体験指導の穴は正文工人がいつもの1.5倍ペースで請け負ってくれた。

さらに言うと、津軽こけし館に頻繁に出店してもらっていた中国茶の先生にもパートで手伝ってもらい、その時期、黒石市に地域おこし協力隊で来ていたSさん。
こけし館で話をしたらたまたま人手不足で困ってて・・・と話したら、何度か手伝ってくれてポケこけや工人フェスの時に協力してもらった。



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こけし館で作業を手伝ってくれていた黒石市の地域おこし協力隊Sさん、良く津軽こけし館がイベントで出店参加していた東京高円寺出身。
因みに10年位前から良くこけし目当てで遊びに来てくれたこけしファンの方が、隣町の浪岡町、さらには隣の大鰐町へも地域おこし協力隊で移住してきており、自分的解釈だけど協力隊の方とこけしには縁があると思っている(笑)



・・・・さらに言うと、特に準備が大変で人手不足だったポケこけ9th開催前。

・・・・ヤバい。
このままじゃ会場の装飾や飾りつけも終わらん。。。
・・・シャクヤクアイス。
・・・・キノコ汁。
たしかあの人、昔からサービス業とかやってて手書きのメニューPOP作成とか、イラスト書いたりするの結構得意だったはず・・・。

・・・頼む、ちょっと助けてくれっ!

と自分の母ちゃんに手伝いを頼み、ポケこけ9の時に会場装飾物の作成を山田家の家族にも手伝ってもらった(笑)

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何とか開催出来たポケこけ9th。
たしか、この、こけ宿POPは母ちゃん作だったはず・・・(笑)


ふぅ・・・・(汗)
何とかポケこけもOPEN。

次は秋時期のイベントラッシュ、欲は言えない・・・💦
だけど、この時、特に感じていた。
ずっと前から自分は求めていて、ずっと欲しているものがある。

都会で流行の指輪でもなく・・・、
星のダイヤや海に眠る真珠でも、きらめくキスでも無く、木綿のハンカチーフでも無く・・・・。

自分と似ているライバル。
山があってももう一歩前に進む人、刺激を与えてくれる人、とことん切り込んでやってみるバカな人。
さらに踏み込んで言うと後継者。



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同じ会社で営業している津軽伝承工芸館レストランもみじ。
自分がこけし館担当になった頃、同世代のK君が店長を務めていた。


大卒卒業して仕事をし始めた時、何もわからず言われた事をとにかくやってみた。
そして、数年たってある程度全体の仕事もわかって来てこけし館担当になった頃。
ワゲモノの力で変えてみろって言葉がずっと心に残っていたのと、よく社長が三太郎じゃないけど三店長と呼び、自分を含めた同じ位の年代の3人に店長の役目を与えて、それぞれ責任ある部署を任せてきた。

そんな三店長。
競い合った部分もあったし、お互い責任ある立場でもあったからこそ愚痴りあったり、意見をぶつけ合う事もあった。
その後、部下ではあるけど、馬車という違うジャンルでの戦いを背負っていたマッキーや、自分とはタイプが違うけど、同じ販売業種部門の担当者で活躍していた、ジャパネットたかたの社長のようなトーク力と伊集院光のような雑学を持ち合わせてお店を切り盛りする同世代の職員がいたけれども、みんな今では違う道に。。。。


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同じ会社で営業している津軽伝承工芸館売店。
自分がこけし館担当になった頃、自分がこけし館担当になる2年前にこけし館担当を務めていたTさんが店長を務めており、その後、メガネで若干自分と雰囲気が似ていたY君が店長を務めて切り盛りしていた。


・・・いつから感じ始めた事だろう、自分自身、身近な部分で刺激を受けることが少なくなっていた。
だけど。。。年々増えてくるこけしファンの方や、たくさん県外出店をしていく内に、身近な人では無く、遠く離れた所で活躍している人達に刺激を受けて、奮起しているところがあったと思う。

県外へ催事出店した時に出会った色んな世界で活躍する作家の人や小さいけれどもパワフルで行動力や実行力でカバーしている自営業者。そして、こけしのためなら遠く離れた所でも何度も何度も足を運ぶこけしファンの方。

そのパワーを見ていると、世の中がとっても広く見えて、自分の世界を広げて、物差しを伸ばしてくれた。


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京都コトコトこけし博。
何度か参加したけど主催しているマヤルカ古書店の中村さんや夜長堂の井上さん人脈が凄いと尊敬している(笑)
毎回入れ替わり立ち代わりでイロイロな人が協力してくれて自営業や作家さんのパワーをビシビシいつも感じる♪
ちなみにポケこけにぶら下がっているフラッグはこけし博の飾りつけをマネさせてもらった(笑)


いつの間にか、そういったので飢えていたツボを刺激しつつ、日々こなしてやってきたわけだけど。。。
常日頃そういった出来事が津軽こけし館での日常、近い場所で起きればよいな思い、ずっとそう思える人を求めていた。

なかなか見つける事が出来ず、ある人には“自分で育てなきゃ”とも言われた。
だけど、育てるっていうのは、かなり難しい。・・・そんな人ってどうすれば出来るのか。



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今年の9月に亡くなってしまったとてもお世話になっていた徳寿工人。ある意味徳寿工人の性格は求めている人に近かったかも。。。(笑)
いつだったか徳寿工人に「両国国技館でこのこけしを一緒に販売しましょう♪ヤマダさん私と組んで一世一代の勝負をしましょう!・・・だけどね。私、年齢的(←90歳以上)に売り込みに行けないからヤマダさんの方でなんとかこの作品を国技館に持って行って売り込みに行ってくれないですかね?」的な事を本気で言われたことがある(笑)
丁重に「無理です・・・(笑)」と伝えたけど、そんな無茶ぶりと野心?を本気で持つ徳寿さん、憎めなくて愛らしくて自分はとっても好きだった。徳寿さん、改めてお悔やみ申し上げます。


長年イロイロな事を試してみたりするうちにうっすら気付いていた。
たぶん同じ位の立ち位置で、同じ光景、同じ空気、同じく見て来たモノ。
面白みも苦しみも。楽しさも難しさも。
同じような環境や立場で味わってきた人じゃないとなかなかわかり合えない部分。
それを今の津軽こけし館で出来るようにするには・・・。
そうか、戦ってみる場所を増やして準備してあげる事だと。


自分に津軽こけし館をやってみろ、変えてみろ。と言ってくれた社長のように、
真っ白なもの、もしくは真っ白に近い何かを与えてみて、やってみてもらう。
失敗するかも知れないし、責任を持つ仕事をやりたくない人の方が大多数だろうけれども、もしかしたらドツボにハマる奴がいるかも知れない。
沢山切り開いた津軽こけし館。
自分にはまだ開拓していない部分がうっすら見えているけど、最初からその細かい場所を見つけて開拓させるのは難しく、広いフィールドが必要だと。




ー時は流れて2020年。
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あっ・・・2020年の干支、ネズミを載せる所、間違って現在ご予約受付中の阿保正文工人作、2022年の干支“寅”をモチーフにした2022年干支こけし“寅”画像を載せてしまった(笑) 
・・・せっかく載せたので、皆様よろしくです(笑) → 詳しくは「コチラ」



東京オリンピックの年。
ずっとやってみたい事というか野望があった。



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中途半端な状態になってしまっている、津軽こけし館第2支店構想の図案などなど。。。

自分はもう一つ、津軽こけし館の支店的なモノを作ってみたくて、隣の伝承工芸館の空き工房で何か出来ないものか考えていた。

登竜門的な場所。短期留学する場所。
そんな所を作ってあげて、自分で1つの場所をやってみて、楽しさや難しさ。厳しさや面白さ。
そういったのを覚えてもらうのが、一番良いキッカケになると思っていた。
ある程度の土台はあっても、かなり真っ新な環境。
其処からどれだけ色を付けれるのか。どれだけ仕事を膨らませれるのか。

津軽こけし館 第2支店

今なら何とか出来るかも知れない。
そんな事を夢描いていた2020年始め。

そう思えたのは短い時期で、自分の野望は封印するしか無くなった。



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2020年5月の津軽こけし館。こんなに静かな津軽こけし館は味わったことが無かった。


お客さんが誰も来ない津軽こけし館。
ひたすらパソコンでメール対応をしていた。
店を開けなくても、今の津軽こけし館は持ちこたえれると結果を出すため。

中国から発生したコロナウイルスのニュースが出始めて、それから数か月で感染は広がり、毎年春に参加していた京都のこけし博は中止になり、30回目の津軽こけし館の誕生日をキッカケにやり始めたアニバーサリーフェスと同時開催イベントのK-MEETING!も中止。
そして、2020年4月下旬から2度の延長を繰り返し5月末まで。
津軽こけし館は臨時休館になった。

繋げてきたイベントや出店が中止に。
休館することになると聞いた時。
そして、観光宿泊業種や飲食業種を中心に手掛けて経営している自分たちの会社でも事業縮小や人員削減する予定と聞いた時。
・・・・脳梗塞になるんじゃないかと思えるほど、何かがプチっと切れそうな気持ちになった。

不安はずっと頭の中をグルグル回っていたけど、ここ10年近くの間の津軽こけし館の事は一番自分が知っているはず、店を開けれなくても、絶対今の津軽こけし館なら何とかなるはず。

絶対此処で負けられないし、何とかしないと。。。
だけど不安がどうしても消えない。
第2支店構想どころじゃない。本体も危うい。。。。

そう思って、ずっとパソコンに届くお客さんからの注文メールと睨めっこしていた。


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石川工人が作ってくれたアマビエ。
今現在含めてだけど、コロナ禍の中、津軽系工人さん達と相互協力して通信販売や注文対応で乗り切っていた。



そんな時期を一緒に乗り越えてきた2人の優秀なスタッフ。

2019年ポケこけ9th前後。
人手不足で困って困って、同級生のラーメン屋に夜な夜な何度か行き、ラーメン屋なのに炭酸ばかり頼んでブツブツ言ってたら、困り果てている姿を見て、「妹、紹介しようか?」と言ってくれた。
ん?妹ってもしかして、K-MEETING!の時に手伝いに来てた女の子?「そうそう、ナオコって言うんだけどさ。」

改めて、現在20歳の元気で明るく、良く働き、良く遊び、良く食べ、よく食べ物の話しをして、良く働き、よく飲食店の食レポを教えてきて…‥、よく食べ・・・。 
あ・・・(笑) よく働く元気な天真爛漫娘♪
明るく、沢山遊んで、沢山食べて、沢山働いている若くて元気な姿を見るのが楽しい訳で、いつも元気をもらう(笑)

まだ若い事もあり、青森県外以外にあんまり行ったことがない。
車を乗り始めたり、お酒を飲めるようになったのもここ数年。
入社してから半年足らずでコロナ禍になり、県外への催事出店等が激減してしまい、ほぼ連れていけてないけれども。。。
もう一度、県外催事に参加して連れて行くタイミングを作り、見せる機会を与えてあげたい。
首都圏でのイベントや東北各地のこけし催事。
其処での様子や色んなものを見せてあげて、若者の見える世界も広いだろうけど、こけしを通じて見える世界も広いって事を。


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2020年秋田県こけし展。初めて連れてったけど、これ以降は何処にも連れていけてない状況💦
帰りの車内。ナオコちゃんが買ったいぶりがっこ始め漬物の匂いが漂っていた記憶がある(笑)


そして、ポケこけ9thが無事に開催されて一安心している時に届いたメール。
ブログでの募集も見ていたらしいけど、遊びに来ていたポケこけ、そして貼ってあった求人を見て連絡してくれた小野さん。
改めてバスガイドの経験なのか、お客さんへの案内とか上手、それでいてとても丁寧♪
それに付け加えて1000体以上の作者を調べたり、最近こけし館の歴史を紹介するコーナーのリメイクを手掛けてもらったり、こけしやこけし館についてもかなり覚えて来たんじゃないかなと思っている訳で、特技と知識を活かしてコロナ禍で団体での見学のお客さんが数年前に比べて激減したけど、いつか団体が動き出すであろう時期に合わせて、津軽こけし館ガイド付き見学のプラン何か作ってみてはどうだろう? (笑)

そんな一歩踏み込みやろうと思えばもっとパワーアップ出来そうな部分、手を加えればもっと可能性が広がる部分津軽こけし館にはまだまだあるはず。
やる事イッパイな津軽こけし館だけど、隙あらば、虎視眈々と目星をつけてテッペンを狙ってみて欲しい。

そして、いつの日かワゲモノの放課後ならぬ、 
“津軽こけし館、ラーメン王への道” では無くて、
“6000本達成、こけし女王の晩酌”
的な連載ブログが津軽こけし館のブログで書かれる日が来ることをひそかに願っている。
・・・ちゃっかりあとがきで1000本増し増し。トッピングサービス♪

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ヤマダが10年位前に手掛けてから、その後ずっと手を付けれてなかった部分💦
小野さんに最近頑張ってリニューアルしてもらった津軽こけし館2階有料展示室の津軽こけし館ヒストリーコーナー。
イベント展示の部分しか変わってないだろうな~と思って、まだ来てても見てない方ぜひ見てくださいませ!かなり見やすくなったはず!



2人が今見えている天井。
何処まで手を伸ばしたいか、手を伸ばせるかはさて置いて。
見える天井は少しでも上に押し上げてあげたい。
そして、これまで以上に津軽こけし館の天井を持ち上げてくれる姿も見てみたい。

そんなコロナ禍を一緒に乗り越えて来た優秀なスタッフが今現在いる。




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34回目の開催となった今年10月に開催したこけし工人フェス。

コロナの発生、それから約1年半とちょっと。
何とか津軽こけし館、生き延びた。。。
そして、自分の気持ちを守るために、つなげて来たものどうしてもやりたくて。
気持ちを膨らませ過ぎず、今年はアニフェス、そして繋げてきたポケこけや工人フェスも何とかやれた。


まだまだ、安心はできないけど。
少しづつ、元の世に戻れそうな気がしてきた今日この頃。


だんだん年もとってきて、立場もあるようになってきて、昔のように若さゆえに強引に勧めたりすることが出来なくなってきた。
似ている馬鹿をいつか発掘、育成したいが野望は叶ったと思える日が来るものか。
20代にも戻れないし、コロナ禍になる前の状況に戻れるかわからない。
だけども、気持ちの何処かでこの調子でやるしかない、間違っている部分があるかも知れないけれども、この先がどうなるのか見てみたい。




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2021年12月3日~9日開催、六知秀工人と3日と4日は現地参加予定。
東京/高尾山こけし祭り 詳しくは 
「コチラ」 トークイベントもまだ予約可能との事、ぜひ来てくださいませ!


2020年2月、茨城県JOYFULL2守谷店への出店。
これまで一緒に出店した事が無かった津軽系北山盛治工人と、10年程前はこけしファンだった弥治郎系髙田稔雄工人と一緒に現地参加した。
あれから約1年と9か月ぶり、12月3日(金)と4日(土)に紅葉のピークを迎える世界一の登山客数を誇る、東京高尾山のこけし祭りに阿保六知秀工人と現地参加することになった。

最近、あまりにもパソコンと向き合っているせいか、カラダが痛く、針治療を数か月前から受けるようになったけど、外部からの刺激以外に、やっと内部から刺激をチクッと刺してくれそうな所へまた行ける事に。


何度かいった事はあるけれども、高尾山と言えば世界一の登山客数を誇る観光地。
そして、行く時期は年でも一番の紅葉観光客のピークの時期。

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2019年12月 正文工人と一緒に参加した 東京高尾山こけし祭り 確かに凄い登山客や観光客の数だった💦


世界一。

その称号を得ている場所でガッツリと刺激とやる気を吸収してきたい。


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地元紙、津軽新報 ワゲモノの放課後 2021年6月から9月の間、全10回で掲載してもらいました。
本編より長くなってしまったあとがき部分はブログだけです(笑)


新聞版のワゲモノの放課後が連載中。
わざわざ社長(現会長)が久しぶりにこけし館に立ち寄ってくれて「タクロー♪新聞で書いてくれてありがとな~(笑)」と言ってくれた。

一個だけ、配属されて数年後から気になっている事がある。
「ワゲモノの力で津軽こけし館を日本一にしてみろ!(笑)」の日本一って、何の日本一だったんだろう。
・・・日本一の展示本数、日本一の来場者数、あの時ふざけ半分だったかも知れないけど、いったい何を指してのだったんだろう。
改めて、聞かないでおこう。
・・・・たぶん、言ったことすら忘れているはず(笑)
そんで、その方が自分はもっと先が見えるはず。




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2002年、完成間際の津軽くろいし日本一の雪だるまを見る福士社長(現会長)
取付中の顔のあたりある黒い部分は人です(笑)マジでデカい(笑)
ちなみにこの時のライバルであり目標はこけし工人鈴木征一さんがいる山形県大蔵村で作った29.43メートルのギネス記録の雪だるまだった。


そして、六知秀工人。
いつからだろう。決めゼリフカッコいいな、パクりたいな…(笑)と思えたのは(笑)
伝統を守りつつ、新しい事にチャレンジ。
守るという事は得点が取りにくい訳で、新しい事とは、何かを壊さなきゃいけない部分もある。
そのバランス。色んな解釈があると思う。

酔っ払ってベロベロになる姿も見た事あるし、修行時代の沢山怒られた事も聞いた事があるけれども、自分が一番良く見かける姿は誰より夢中にこけし製作を励む姿を見かける訳で。
立場は違えど、良い事、悪い事、楽しかった事、辛かった事を乗り越えて、とにかく1つの事を守りつつ、攻めつつ、それをやり続けている人って凄いなと思う。

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今年の夏ごろ、13歳のオリンピックのスケートボード選手に感化されたといっており、めっちゃラフな格好だったので、やってやって♪と頼んで何回かの練習の末に出来たチェケラーポーズ♪71歳。おじいちゃん、真夏の大冒険ポーズ。




あぁ・・・。
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津軽こけし館、20代半ばからの約15年近くの間の自分の全てがおそらく此処に詰まってます(笑)

軽い気持ちでブログ版も始めたはずなのに・・・(苦笑)
本当は新聞記事に書いた部分だけを載せて、あとがきはせいぜい10行程度と思って始めたはずなのに・・・(笑)
ブログ版。毎回書いてたら、尻上がりに調子にノッてしまい掲載から終わるまで数か月もかかった・・・💦
さらに言うと、9回目書いて以降、なかなか書けずに更新まで2か月近くも・・・(汗)


改めて・・・。
今まで支えてくれたスタッフの皆、応援してくれたこけしファンの皆様、作り手じゃない自分の声にも耳を傾けてくれた工人さん。
ありがとうと、今でも相変わらずあの調子の自分です(笑)と伝えたくて、書いていました。


そして、会った事ある方でもあまり話しをしたことがない人。
最近こけしにハマってブログを見てくれる人。
もしかしたら今後一緒にこけし業界を盛り上げる側で一緒に仕事する事になるかも知れない方々。

改めてまして、自分はこんな感じの人でして、津軽こけし館の山田拓郎と申します。

名前の由来は母ちゃんが吉田拓郎のファンでありつつ、間違って山田と結婚してしまった事にあるようです。
ちなみに吉田拓郎の“落陽”が好きです。


また5年。。。もしくは10年後。

続きを書くために、続きをまた明日から始めまする。。。

そんな津軽こけし館、
ワゲモノと言われた僕の放課後。


数年後につづく。。。。

ご拝読ありがとうございました!





by tsugarukokeshi | 2021-11-29 23:28 | ヤマダ絵日記 | Comments(0)